episode 59 「六将軍」
三人はリンを連れ、帝都はずれの森に身を潜めていた。
「なぜ僕に構うのですか?元帥の元に帰してください。早く戻らないと大変です。」
リンは落ち着きを失い、そわそわしている。
「あなたは本当の自分を知りたくはないのですか?」
レイアが問いかけるも、リンは頭を抱えて震えるだけで答えようとはしない。
「ゼロ、思い出して、私たちの事。」
「いやだ、いやだ、いやだ。頭が痛い。元帥、助けて。早く来て。」
今まで合ったときはなんの反応も示さなかったリンが、今回はひどい拒絶反応を示している。
「元帥、元帥、元帥、元帥。」
「明らかに今までのゼロさんとは様子が異なりますね。記憶を取り戻す前兆かもしれません。」
リースの予想はあながち間違いではなかった。
イシュタルの力、掌握は対象の後頭部に右手を触れることでその者の記憶を消し去り、しもべにできる力だ。しもべにできるのは最大五人。指一本に付き、一人だ。指を重ねがけすることも可能で、すればするほど掌握の威力は増す。ゼロにはその五本の指すべてをかけて力を使っていた。
今回リンの様子がおかしいのには二つの理由がある。一つは掌握の力をフェンリーに対して使い、指一本分威力が弱まった事。二つ目はゼロと指、つまりイシュタルとの距離が離れたこと。イシュタルと対象者の距離が離れれば離れるほどその威力は弱まる。しかし以前として掌握は続いている。ゼロの精神力をもってしても、並大抵の事では抗うことなどできない。
実際、イシュタルは焦っていた。ゼロを掌握する際は相当苦労し、何度も超回復の力を使わされた。万が一掌握が解けるような事になれば、厄介なのは確実だ。指一本分犠牲にしてでもフェンリーを手駒にし、捜索を優位に進めたかった。
(あの時そのまま殺しておくべきだったか。)
そんな後悔が頭をよぎる。だが手負いにも関わらずイシュタルに見せた戦闘センス。相手を確実に殺すための技。加護がなければ勝負は分からなかったのでは?とイシュタルに思わせるほどの実力。どれをとってもこのまま死なせるのは惜しいと考えてしまった。
(いざとなればワシ自ら手を下すほかあるまいな。)
ローズは文字通り崩れ落ちたセルフィシー城の前に来ていた。もちろん軍服は脱ぎ捨てて。
瓦礫はどす黒く染まり、悪臭が立ち込めていた。
「ゼクス、お前はこの光景を作り出しておきながらなにも感じていないのか。」
ローズは唇を噛みしめる。
セルフィシー王国はモルガント帝国の傘下に加わることが決まったそうだ。そのうち正式にローズにも連絡があるだろう。ゼクスは今回の功績を受けて准将に昇進するのでは?という噂も出始めている。
(軍人は確かに人を殺すのが仕事なのかもしれない。そこに正義や悪はない。だがこの有り様は何だ?明らかに悪の所業じゃないか。)
ローズは軍人の在り方に疑問を抱き始める。
(私はどうすればいいのだ。)
依然としてリザベルトの行方はわからない。セルフィシー王国王子、クレア・セルフィシーの後をつける極秘任務を受けていることなど知るよしもなかった。リザベルトだけではない。リーダーのゼクスを筆頭に、残りの六将軍のメンバーも同様に任務についていた。
六将軍とは大佐、中佐、少佐、大尉、中尉、少尉からなる六人の将校たちである。主に提督直々に任務が下り、その内容が他の兵士たちに伝わることはまず無い。ローズはもちろんのこと、元帥であるイシュタルでさえすべてを聞かされているわけではない。正に影の精鋭である。
姉のジャンヌは中将にして帝国軍三剣士の一人。妹のリザベルトは精鋭部隊、六将軍の一員。ローズはその事に多少なりともコンプレックスを感じていた。なぜリザベルトは選ばれて、自分は選ばれなかったのか。そしてなぜそれがゼクスだったのか。
確かにゼクスは強い。当然のように加護を受けており、そしてその力を完全に使いこなしている。ローズは加護を受けてはいない。だがそれは姉ジャンヌも妹リザベルトも同じ事。それゆえにこのポジションに甘んじる事もできなかった。
「ゼクス、必ず貴様の悪事を正し、そして私が貴様の座を奪ってやる。」
ローズは虎視眈々と六将軍、大佐の椅子を狙う。




