episode 571 「託された者たち」
僅か数秒後、イシュタルはすくっと立ち上がる。直ぐに身構えるガイアとマークだったが、イシュタルには敵意がないようだ。
「もう一度言おう、見事だ」
イシュタルはマークを真っ直ぐと見つめて告げる。
「お前を初めて見たとき、正直本当にガイアの弟かと疑った。六将軍に推薦されたときも儂はそれに反対した。そしてここに現れ、エクスカリバーを握っていたのを目撃したときも頭を抱えた。ジャンヌとローズは何を考えているのだとな」
マークは剣を握りしめながらイシュタルの話を聞く。
「だが、先程の気迫と一撃、あれは紛れもなく将軍の一撃、その剣を持つにふさわしい人物の一撃であった」
憧れの先に居たイシュタルの惜しみ無い賛辞に、さすがにマークも顔がにやけてしまう。
「そしてガイア。ジャンヌを二度倒したと聞いていたが、それは嘘では無いらしい。だがまだまだ主は発展途上、その上へ行ける力は充分に有るだろう」
イシュタルは自分の持っていたもうひとつのエクスカリバーをガイアに手渡す。
「元帥……いいのですか?」
「そのなまくらで戦いたければそうするがよい」
ガイアは支給品をイシュタルに返し、エクスカリバーを素直に受けとる。
「もう行け、主らの戦場はここではあるまいて」
イシュタルの姿が煙のように薄くなっていく。
「帝国軍元帥として、主らに最後の命令を下す。モルガントを、そして世界を守れ」
「「は!!」」
イシュタルに敬礼するガイアとマーク。イシュタルは珍しく笑みを浮かべ、そして消えていった。
ガイアとマークが去った後、再びその場にイシュタルが現れる。その隣にはジャンヌの姿もあった。
「良かったの? あの剣は大切なものなのでしょう?」
ジャンヌがイシュタルに問いかける。その答えはわかっているようだ。
「あれは儂の命の次に大切なものだ。だが、命なき今、それも意味をなさん。次に託すのは兵士としての義務である」
イシュタルに未練は全くなかった。むしろガイアに託すことができたことで、心残りも無くなった。
「そうね、私たちの役目は終わり。リズとローズの花嫁衣装を拝めなかったのはちょっと悲しいけど」
少しうつむきながら呟くジャンヌ。それを聞いて少し吹き出すイシュタル。
「ふ、あの二人なら心配あるまい。正義と信念を持っている女性は美しいものだ」
「あら? あの二人をそんな目で見てたの? やらしいわ」
ジャンヌの冷やかしを冷ややかな目で見るイシュタル。
「そろそろ去るとしよう。儂らは未来には進めぬのだ。未来は若人に託すとしよう」
「そうね。老兵は去るとしましょうか。一応私20代だけれど」
帝国軍の歴史上、最強と言われた二人はひっそりと消えていった。イシュタルはレオグール兄弟に、ジャンヌは妹二人に全てを託して。
「ねぇ、まーくんはいつ帰ってくるの?」
シオンは岩に座り、足をばたつかせながらマリンに尋ねる。
「知らん。むしろ二度と戻れない可能性の方が遥かに高い」
既にマークとガイアがイシュタルを突破したことを感知しているマリンが答える。
「そんな事言わないで! 大体あなたのせいで私たちはこんな目に!」
「やめるんだナルス少佐。その魔族に何を言っても意味はない」
若干キレぎみのシオンを止めるローズ。ローズ自身も勿論腹は立っているが、ここでマリンに突っかかっても何も解決にはならない。ガイアが居ない今、自分が皆をまとめなければならないというプレッシャーもある。
「とにかくマリン。お前は俺たちの味方ってことでいいんだよな?」
一番重要なことを確認するレックス。その答えに全員の意識が注がれる。
「前提が間違っているな。私はお前たちの敵だと名乗った覚えはない。無論味方だと名乗ったことも無いがな。とにかく、今この場においてはお前たちに対する敵意はない。母を殺すまでは味方といっていいだろう」
口ではそういっているものの、そこにいる全員がマリンの言葉を信じられない。だが、信じるしかない。たとえそれが嘘だとしても、マリンに抗うことなどできないのだから。
「まぁ、皆いいじゃん! 私たちはまた生きてここにもどってこれたんだから!」
ロミーが無駄にテンション高く叫ぶ。
「ま、確かにそうだな」
「また私たちを殺そうとしたら許さないわよ」
ジャックとクイーンが自らの体の変化を確かめながら告げる。
「む、リラの意見を聞きたいものだな」
「あなたは少しは自分で考えたらどうかしら?」
パーシアスに呆れるリラ。
皆が口々に意見を言い合う中、セシルだけはうずくまり、口を閉ざしている。
「どうしたのセシルちゃん? お腹いたいの?」
心配になって声をかけるシオン。
「違いますわ。あの方、アーノルトはどうしてあちらに残ったのでしょうか?」
アーノルトは冥界に残っていた。答えが見つけられなかったのだ。マリンの言うとおり、勝てないのなら逃げればいい、そう考えてしまう。実際今の実力では魔女にはとおく及ばない。どうせ死ぬのなら苦痛なくこのまま死んでいればいい。
そんなアーノルトにガイアとマークが近づいていく。
「あの老人を越えたか」
二人の自信に満ちた顔を見て、尋ねるアーノルト。
「越えてはいない。だが、俺たちは託された。だから戻る」
ガイアはなんとなくアーノルトの心情を悟りながら答える。
「それは無駄な行為だ。あのマリンでさえ魔女には勝てないと判断している。たとえ俺たちが何倍も強くなったとしても勝つことはできない」
「なら試してみればいい。死ぬかどうか」
以前はアーノルトと向き合っただけで己の力の無さを実感していたであろうマーク。だが今は、向かい合って自分の意見を告げられる。
「兄上、そこで見ていて下さい。今からこの臆病者を叩き直します」
マークは剣を抜き、アーノルトに向ける。
「戦う気は無い。帰るのなら二人で帰るがいい」
アーノルトはマークを無視し、立ち去ろうとする。そんなアーノルトに容赦なく背後から剣を振るマーク。アーノルトはクナイでそれを受け止める。
「気は起きたか?」
「……後悔は先には立たんぞ 」
マークをギロリと睨み付けるアーノルト。ガイアの見守るなか、マークは再び剣を振り上げた。