episode 563 「回復の力」
「誰か、来る……!」
ケイトは近づいてくる足音に耳を澄ませる。
気配は二つ。おそらくフェンリーとワルターだろう。しかし足音は三人分ある。
(一体誰? 本当に人間?)
ケイトは治療していたゼロとレイアを急いで奥へと押し込める。そしてロープを手に握り、訪問者を待ち構える。
(フェンリーとワルターが人質に? いや、でもあの二人がそう簡単に、ここの場所を、ばらすなんて思えない。だとするなら、操られている? ニコルみたいな能力者の存在……)
ケイトはロープを握りしめる手に更に力を込める。扉が開いた瞬間、即戦闘になる恐れも充分にある。
(待っててね。今度は私が、助けるから)
扉がゆっくりと開く。
「ここだ」
そう言うフェンリーにいきなり飛びかかるケイト。
「たぁぁぁぁ!」
「え? は?」
いきなりのことに対応できなかったフェンリーはすぐにぐるぐるまきにされてしまう。フェンリーを拘束し終えると、今度はその後ろにいたワルターに目線を移すケイト。
「ケイト?」
「はぁぁぁ!」
困惑するワルターを押さえつけようとするケイトだったが、ワルターの更に背後にいたミカエルがそれを止める。
「この男は治療がまだ途中だ。手荒な真似は控えてもらおう」
「な、なに!?」
予想もしていない人物の登場に、後ろに飛び退くケイト。その勢いでぐるぐる巻きにしていたフェンリー共々転んでしまう。
「落ち着け、ケイト!」
「こいつが催眠の主!」
何とかケイトを止めようとするフェンリーを無視し、再度ミカエルに飛びかかるケイト。しかしミカエルの更に背後にいたルナの力で見えない障壁を作りだされ、ミカエルに近づくことも出来ない。
(そんな、四人目!?)
ルナは常に地面から少し浮いているため、足音を感じることができなかった。
未知の力、ただならぬ迫力に気圧されるケイト。一目見て自分とは次元の違う存在だと思い知らされる。ケイトはロープを鞭のようにして攻撃を続けるが、何度やっても手前で跳ね返されてしまう。
「健気で愚かな人間じゃな。とっととそこを退くがよい」
「だめ! 行かせない!」
ルナが前に出ると、ケイトはロープを投げ捨て、両手を広げる。
「聞き分けの無い小娘じゃな。少し眠ってもらおうかの」
ルナが手を上げると、今度はフェンリーがルナの手を握る。
「おい、まさかケイトに手を出そうってつもりじゃねぇよな?」
「案ずるな、すぐに治せばよい」
フェンリーは握りしめたルナの腕を凍らせはじめる。
「そう言う問題じゃねぇ、やめろ」
しばらく睨み合っていたフェンリーとルナだったが、やがてルナがつまらなそうにフェンリーの手を振り払う。
「ふん、氷の加護を与えたというのに随分と熱い男じゃな。ならばわらわら何もせん。お主がその小娘を退けられないと申すなら帰らせてもらおうかの」
「ああ、任せろ」
フェンリーは一歩前へ出る。
「ケイト、このねーちゃんたちは神だ。ゼロとレイアを傷つけたのもこいつらだが、治す力ももってる。だからそこを退いてくんねーか?」
「かみ? なに言ってる? やっぱりあやつられてる!」
ケイトはより一層警戒心を強める。
「フェンリー、君は説明が下手だね」
「は? 丁寧に説明したろーが!」
フェンリーの肩に手を置き、前へ出るワルター。
「重要なのは丁寧さじゃないさ。想いだ」
ワルターは剣を床へと置き、警戒するケイトに肩に手を乗せる。
「な、なに?」
「ケイト、俺たちを信じてくれ」
真っ直ぐとケイトの目を見つめるワルター。ケイトは始め困惑していたが、そのワルターの眼差しに負け、手を下ろす。
「……こっち」
ゼロとレイアの居る部屋まで案内するケイト。ワルターが後ろに居るフェンリーにウィンクする。フェンリーは悔しそうにそっぽを向いた。
ゼロとレイアは奥の部屋で寝かされていた。一応の応急処置はケイトが行ったが、とてもそれだけでなんとかなる怪我ではなかった。
「ふむ、手当ては悪くはないの。じゃがこの傷ではもう助からぬ」
「そ、そんな……!」
ルナの言葉を聞いて泣き崩れそうになるケイト。フェンリーとワルターの顔にも動揺が現れる。
「わらわがここに居なければの話じゃ」
一通り悲しみの顔を観察し終え、そう告げるルナ。三人の顔が怒りに変わる前に治療を開始する。
「ど、どうなんだよ」
治療と言っても二人の体に手を当てているだけで何か特別な事をしているわけではない。心配になって声をかけるフェンリー。
「案ずるでない。お主らも治療系の加護に出会ったことがあるじゃろう。わらわはその全てを凌駕する力を持っておる」
ルナの言葉の通り、二人はみるみるうちに回復していった。そして数秒後にはただ寝ているだけのようだった。
「ふー助かったぜ!」
フェンリーはどしりと重たい腰を下ろす。しかしその直後ミカエルから放たれた一言でどっと疲れが増す。
「休憩するのはまだ早い。お前たちにはハデスを止めてもらう」
「は?」
明らかに顔に動揺がみえるフェンリー。ワルターは例のごとく浮かれている。
「もともとはそこで寝ているお前たちの仲間とやらが招いた種だ。ならばお前たちが責任をとるのは当然だろう」
寝ているゼロとレイアを怨めしそうな目で見るフェンリー。二人が助かった今では神と戦うことなど微塵も望んでいない。あれほど助けたかった仲間の顔が今では非常に憎たらしく見えた。