episode 58 「もう一つ」
レイアとケイトとリースの三人はリンを連れて、帝都の裏路地を走っていた。
「こんなことやめましょう。元帥がお怒りになります。僕はリンです。」
「いいえ、あなたはゼロさんです!」
リンを引っ張るレイアの手が強くなる。リースはイシュタルが追ってこないか気になるようで頻繁に後方を確認している。
「これから、どうするの?」
ケイトの問いかけに答えられる者は誰もいなかった。とにかく今はできるだけ元帥から距離をとる。それしか考えられなかった。
フェンリーはゆっくりと目を開けた。最初に見えたのはイシュタルの左手だった。
「な、何をしてやがる。」
「お、もう目が覚めたのか。見ての通り命を救ってやっている。リンたちを見失ってしまってな。そこで貴様にはワシの手足となってもらうことにした。」
「へ、俺が素直に言うことを聞くとでも?」
「思わんな。」
そう言うとイシュタルは右手をフェンリーの頭にのせる。フェンリーは力を働かせようとするが、うまくいかない。
「な、なんのまねだ。」
「ああ、発動条件なのだよ。もう一つの力のな。」
耳を疑うフェンリー。
「もう、一つ?」
「おや?受けし加護が一つと言った覚えは無いが?」
だんだんとフェンリーの意識が薄れていく。
「神王アスラより受けし加護は掌握。ゼロ同様、貴様もワシの弟子にしてやろう。」
フェンリーの自我は消え去った。
時を同じくしてローズはリザベルトの目撃情報があった隣国、セルフィシー王国を訪れていた。
「ここがセルフィシー王国か。だがなんだこの荒れようは。」
セルフィシー王国は11ある国の中でもモルガント帝国に次ぐ先進国として有名だ。ところがそこらじゅうに盗賊や獣が溢れかえり、小さな村は廃村と化している。それだけではない、至るところにモルガント帝国軍が配置されているのだ。
「いったい何をしている。私はなにも聞いていないぞ。」
「あ?なんだお前・・・ってヴァルキリア大佐!し、失礼しました!」
空き巣まがいの事をしていた兵士を問いただすローズ。
「何をしているのかと聞いている。」
「は!キラ大佐のご命令により、セルフィシー王国を襲撃中であります!」
驚くローズ。そのような話は全く耳に入っていなかった。
「何だと!提督のご命令か!」
「い、いえ。キラ大佐の独断かと。乗っ取ってから報告すると仰ってましたので。」
「ゼクスめ・・・。ヤツはどこにいる!」
「は!既に王都セルフィシーに向かわれました!」
ローズは急いで王都に向かって走り出した。
(ゼクス!六将軍だからといって勝手なことを!貴様の独断で戦争を始める気か!)
王都に到着したのは三日後の事だった。王都は既に陥落し、路頭に迷う人々で溢れかえっていた。
「っ!」
ローズはすべて終わったことを悟った。王都の人々はローズの軍服を見るなり命乞いをし始める。
「お慈悲を!どうか命だけは!」
「娘はどうか見逃してください!」
ローズはいたたまれなくなってその場を離れる。噂によると王は亡くなり、王妃は危篤状態だという。
戦争は始まるどころか、既に終わっていたのである。一人の兵士によって。そしてリザベルトの姿はどこにもなかった。
「キ、キラ様だ!」
民衆が騒ぎ出す。皆、頭を下げ一人の兵士に敬意をはらう。
「・・・ゼクス!」
黒いコートに身を包み、片耳にはドクロ、片耳には十字架のピアスをした紫頭の男が現れる。ゼクス・キラ。帝国軍大佐にして帝国軍六将軍の一人だ。
「ん?これはこれはヴァルキリア大佐。もう俺の活躍を聞き付けたのか。」
「貴様、ふざけた真似を。無抵抗の市民を何人殺した!」
ローズはゼクスの胸ぐらを掴む。
「何だ?俺に文句でも?」
「貴様には前々から問題行動が目立っていた。が、軍に貢献していたから見逃されてきたのだ。だが今回の事は度を超している。到底許せるものではない。」
「あァ?」
ゼクスの気に気圧され、手を離してしまうローズ。
「このセルフィシーは加護を受けたものが居ない。当然だ、十闘神は十の国を創った。だが今ある国は全部で11だ。そう、セルフィシーは人が作り上げた国だ。」
「っそれがどうした!」
「おこがましいんだよ。人が神の真似事なんぞ。この国は植民地こそがふさわしい。」
ゼクスは笑いながらその場を去る。ローズの敵意などお構いなしに。




