episode 57 「加護を受けし者の戦い」
しばし、沈黙が続く。お互いに相手の力量を測るかのように一定の距離をとる。
先に動いたのはフェンリーだった。相手に触れることさえできればフェンリーにも十分勝機がある。イシュタルの顔面めがけて手を伸ばす。が、その手はイシュタルに届く事はなかった。強烈な痛みがフェンリーの右手を襲う。
「ふむ。剣が肉に食い込んだ瞬間、凍らせて切断を防いだか。しかしやはりは雑兵に支給されるなまくらよ。我が聖剣ならばその程度の氷など障害ですらない。」
右手は半分ほど肉が斬り裂かれ、使い物にならなくなっていた。
(ち、洒落にならねぇ。アーノルトほど早かねぇが、攻撃力はヤツ以上か!?)
フェンリーは右手から滴る血を左手の指で弾く。すると血は弾丸となってイシュタルを襲う。
「ほお。そんなことも出来るのか。実に面白い。」
イシュタルは難なくそれを剣で弾き飛ばす。ニヤリと笑うフェンリー。
「触れたな、俺の血に。」
「なに?」
血が付着した剣はみるみるうちに凍りつき、それはイシュタルの左腕にも伝染する。
「血も俺の一部だ。触れれば当然凍る。」
「見事だ。と、言って欲しいのか?」
「へ、強がりはよしな。もうその氷は止まらない。あんたの全身を覆うまでな!」
「たしかに。」
そう言うとイシュタルは右手をふりかざし、自らの左腕にふりおとす。スパッと腕が切断され、そこで氷の侵食も止まる。
「な、だが片腕じゃまともに動けねぇだろ。敗けを認めてゼロを渡しな。」
「それはどうかな?」
イシュタルは落ちている自らの腕を踏みつけ、氷を砕く。その衝撃で腕は血飛沫をあげ、ズタズタになる。イシュタルは構わずそれを拾い上げ、自ら切断した断面に押し当てる。
「おいおいおいおい、なにやってるんだ。ついにボケちまったのか?」
「貴様と同じようにワシも加護を受けているのだよ。ま、貴様のように戦闘向きではないのだがね。」
腕は完全にイシュタルの肉体として蘇っていた。
「超再生。それが十闘神ルナ様より授かりし力。」
フェンリーは絶句した。
「さて、そろそろ幕引きとしよう。ティータイムが近づいているのでね。おっと、まだワシが勝った場合にやってもらうことを決めていなかったな。ま、死人に頼むことなどないか。」
イシュタルはフェンリーから距離をとり、剣を投げつける。剣はフェンリーの肩を直撃し、肉を抉る。
「うおっ!」
「フ、もう貴様には近づかんよ。あとは死ぬまでじっくり眺めることにしよう。」
絶体絶命ながらフェンリーの顔にはまだ余裕があった。
「・・・何を考えている?」
「へ、そんな悠長なこと言ってていいのかと思ってな。」
「なに?」
辺りを見渡すイシュタル。リンの姿がない。レイアもケイトもリースも跡形もなく消えていた。
「戦いに夢中で気がつかなかったか?ゼロは頂いた。俺は役目を果たしたぜ。」
「貴様っ・・・」
イシュタルは急いで小屋を抜け出す。
フェンリーはポケットから血だらけのタバコを取り出す。
「ありゃ、火がつかねぇ。参ったなこりゃ。」
フェンリーの意識が遠退く。床に倒れるフェンリー。
「はぁ。あとはお前たち次第だ。約束は守れよ。」
フェンリーはゆっくりと目を閉じた。




