episode 555 「お伽噺」
「この部屋だね」
モルガナは魔女が封印されている祭壇までやって来た。ここまで来れば嫌になるほど気配を感じる。2000年前のあの日、倒しきれなかった存在がこの先に居る。
(マリンが来た形跡はない……やっぱりアスラの思い過ごしじゃないかな)
ほっと胸を撫で下ろすモルガナ。万が一にでも魔女が復活していたらとても抑えきれる自信は無かった。
(さてと、後はここに滞在している人たちを外に出してメイザースの代わりに結界を張らないと……)
モルガナは近づいてくる足音を感じとる。
「しつこいなぁ、君も。さっきので力の差は十分わかったよね?」
手を組みながらカズマに告げるモルガナ。
「わかってるさ。でもな、ここは、ここだけは渡さねぇ。ここは俺たち家族の場所だ」
「そうさ! あたしらの家から出ていけ!」
二人は体を支え合いながら自分達より一回り小さな少女に対して叫ぶ。
二人の話を聞いたモルガナは深いため息をつきながら祭壇がある部屋の扉を開ける。アカネたちが押しても引いても開かなかった扉はいとも簡単に開き、その全貌が明らかになる。
「あなたたちの家? ならここに勝手に住み着いているコレはなに?」
モルガナにつれられて部屋の中を覗いた二人はあまりの衝撃にしりもちをつく。そこでは五メートルはありそうな巨大な心臓がむき出しのまま脈打っていた。
「な、な、な」
「なんだよコレ……」
アカネは開いた口が塞がらない。カズマはアカネをつれて後退りしながら驚愕の声を洩らす。
「魔女……だったものだよ」
混乱しまくる二人に告げるモルガナ。気を失っていたミカエルも魔女の気配で目を覚ます。
「う……」
「あ、ごめんね。手加減できなかった」
舌を出しながら謝罪するモルガナ。ミカエルは何か言いたげにモルガナを睨むが、モルガナがいなければこの国を滅ぼしてしまっていたことから何も言えない。
「ま、まじょ? まじょってあの魔女か!?」
誰もが知っている十闘神物語。当然アカネとカズマもよく知っている。アカネは慌てて絵本を持ってくる。避難していた子供が持っていたものを借りてきたのだ。
「これがあれだってのか!?」
魔女がでかでかと描かれたページと魔女の心臓を交互に指で示しながら叫ぶアカネ。
「そうそう。で、それが私。む、この作者、もうちょっと可愛く描いてくれてもいいじゃん! あ、でもミカエルはそっくりだ」
「似ていない」
絵本に描かれた自らの容姿を見て顔を膨らませるモルガナ。絵本の中のミカエルは目付きが非常に悪く、ミカエル自身もその出来映えに首を横に振る。
アカネとカズマはもう口を開けて驚くことしかできなかった。
「まあでも魔女がまだ封印されているってことがわかって一安心だよ。だから君たちは今のうちに逃げる事。わかった?」
モルガナがお姉さんぶりながら人差し指をたてて二人に忠告する。
「私たちはあなたたち人間を助けるのが使命だけれど、全ての人間を救えるわけじゃないの。助かるつもりのない人たちは見捨てるよ」
未だに事態を把握できていない二人に付け加える。
「忠告は最後。後は死んでも自己責任! いい!?」
モルガナはそう告げると二人を部屋の外に出す。そして部屋に結界を張り、ミカエルとともに神殿を後にする。
「あの人間たち、酷く怯えていたな」
「そりぁそうよ、許容量を遥かに越える衝撃だろうから」
神殿の入り口に向かいながら他人事のようにお菓子を口に頬張るモルガナ。それを物欲しそうに見つめる子供たち。ここに避難している子供たちは特に生活に不自由しているわけではないが、お菓子などは暫く口にしていなかった。
「う、そんな目でみないでよぅ。これは私の……」
お菓子を隠そうとするモルガナだが、どんどんと子供たちが集まってくる。
「ごめん! 突破するよ、ミカエル! ってちょっと!!」
無理矢理出ていこうとするモルガナからお菓子の入った袋を取り上げるミカエル。
「人間を助けるのが使命、だろう?」
ミカエルは暴れるモルガナを押さえつけ、お菓子を子供たちに配っていく。
「あ、ちょっとそれは……まって、後で食べようととっておいたやつ! それは見たことなくて楽しみにしてた……あ、もう!! やっぱりさっきのこと根にもって……!」
気がつくとモルガナの袋は空っぽになっていた。
「私の……お菓子……」
空っぽの袋の中に首を突っ込み、大声を上げるモルガナ。
「あぁぁぁぁぁぁ!」
そのモルガナを袋に押し込み、神殿を出ていくミカエル。そのミカエルを呼び止める子供たち。
「お菓子ありがとう!」
「……」
ミカエルは子供たちの声援を羽に受けながら神殿を出る。
「むきぃぃぃぃ!」
「暴れるな。それでも神か?」
袋の中で激しく暴れるモルガナ。袋を突き破り、ミカエルの羽に噛みつく。
「がっ! この……」
仏頂面のミカエルの顔にも苦痛が現れる。
「むふふ、わたがし」
むしゃむしゃとミカエルの羽を咀嚼するモルガナ。極度のストレスで頭がおかしくなってしまったらしい。
「クソガキめ……」
ミカエルが再び殺意を膨れ上がらそうとしたその時、突如耳にハデスの叫び声が舞い込んでくる。
「これは……」
「ハデスだ!」
その叫び声で正気を取り戻す二人。
「マリンが何かしでかしたのかもしれない」
「うん、急いで戻ろう!」
二人の神は全速力でもとの道を引き返して行った。