episode 551 「未知なる存在」
広場でマリンのゲートを守り続けるハデス。他の神々は各地へ出向いており、今この場にはハデスしか居ない。だがそれでも守りは万全だ。ハデスの醸し出すエネルギーのおかげか、一般人はこの地に近づこうとすらしない。事情を知っているゼロたち五人は最近めっきりこの場を訪れることもなくなり、正直退屈と思えるほどだった。
「あの雷剣の小僧はどうしたのだ? ここが一番退屈しなさそ
うと考えたから残ったものの、これでは意味がない」
何度も勝負を挑んできたワルターを思い出すハデス。ここ数日はまったく姿を見ていなかった。こちらから赴くこともできないので、もどかしい気持ちのままゲートの前に座り続けるハデス。いっそ何か問題でも起きないか等と不吉なことすら考え始める、そんな時だった。
「な、なんだ?」
突如頭の中にイメージがわき上がってくる。真っ暗闇の中に人々があふれかえり、永遠にさ迷い歩いている。何の目的があるのかはわからない、そもそも目的など無いのかもしれない。それでも人々はどこかを目指して同じ方向を歩いている。
(一体、俺は何を見させられて……)
ぷつり、と映像が途切れる。ハデスは訳もわからないまま、再びゲートの警備に戻る。何も起きないことを願って。
「ようやくか。私としたことが少し冷や汗をかいたぞ」
ハデスが謎の映像を見たと同時にマリンが呟く。
「これでようやくお前たちも本当の意味で神ということだ」
意味深な言葉を残すマリン。棚に保管されている大量の水晶玉、その中の最上段に大切そうに保管されている内の一つを持ち出すマリン。椅子に腰掛け、紅茶をすすりながらその中を覗いていく。
「さあ、新時代の幕開けだ」
マリンが覗く水晶、そこには一人の男性が映し出されていた。男性は巨漢のハデスよりも更に一回り大きく、アスラのような角が生えている。明らかに人とは体の構造が違うようで、身体中から瘴気のようなものが垂れ流しになっている。そのせいか否か、彼の回りには誰も居ない。そもそもあそこはどこなのだろう、真っ暗で何も見えない。まるでガイアが居る地獄の風景のようだ。
「おっと」
マリンの見ている水晶が黒く染まり始め、男の姿が見えなくなる。
「相変わらず恥ずかしがり屋だな、プルート」
マリンは微笑みながら、再び紅茶を口に運ぶ。
「なぁ、相談があるんだが」
おもむろにフェンリーが口を開く。何か思い詰めた様子で、サングラスも外している。
「なんだい? まさか君もマリンについていくつもりかい?」
ワルターの返しに首を横に振るフェンリー。
「いいや、違う。たぶんお前たちは嫌がるだろうけどよ、俺はさ、もう逃げちまってもいいんじゃないかと思ってる」
マリンから、神から、魔女から、世界から、それは何に対する事なのかわからないが、フェンリーの顔つきからしてその全てなのだろう。
「逃げる、といってもどこへ逃げるつもりだ? 2000年前の神話が本当ならばどこへ逃げても死からは逃れられない」
「それは魔女が本当に復活したらの話だろ? それがいつかなんてわからない。もしかしたらもう2000年先かも」
ゼロの言葉に異論を唱えるフェンリー。
「確かにその通りかもしれないけれど、それは解決にはならないんじゃないかい?」
フェンリーの意見に同調しながらも、根本的なことは何一つ解消されていないと言い張るワルター。ゼロの言うとおり魔女が復活すれば世界は終わる。この世界に生きている限りその定めからは逃れられない。そもそもワルターにとって逃げるという選択肢はあり得ない。どうせ死ぬのなら魔女との戦闘の中で死にたいと心の底から思っているからだ。
「フェンリー、あんたの気持ちはわかる。わたしも、こわい」
フェンリーの陰から身を乗り出すケイト。魔女だの世界の終わりだの全く実感はわかないが、だからこそこわい。
「で、ですか、皆さんで力を合わせればきっと魔女だって……」
険悪なムードになりつつあることを恐れ、励ましの言葉をかけるレイアだったが、それは逆効果だった。
「そんなわけねぇだろ! あの神だって封印するのがやっとだったんだぜ!? 俺たちみたいな虫けらが束になったってはたき落とされるのがオチだろ!」
立ち上がり、大声を上げるフェンリー。レイアは怯え、目尻には涙が浮かんでくる。
「フェンリー、落ち着け。レイアにあたるな」
ゼロは若干の殺気を漏れさせながらフェンリーをとがめる。フェンリーもレイアの顔を見て自分の行いを恥じ、再び腰かける。
「……悪かった」
そこからは実に息苦しい時間が流れた。ケイトは何とかムードを作ろうと考えるが、いい考えは全く浮かばない。かといって一人だけこの場から離脱するのも気が引ける。
レイアは酷く落ち込み、下を向いている。ゼロはレイアの側から離れない。
ワルターは特に気まずそうでもないが、傷が完治するまでは無理はしないと決めたようで椅子から動こうとしない。
「少し、頭冷やしてくるわ」
ようやく口を開いたフェンリーが宿を出ていく。心配になり、後を追いかけようとするケイトだったが、その腕をゼロがひく。
「ゼロ?」
「放っておけ。フェンリーもそうしろと言っている」
少なからずフェンリーに対して腹をたてていたゼロはそう告げる。
その夜、フェンリーは戻って来なかった。