episode 550 「死者VS死者」
ガイアと対峙している男の実力はガイアに遠く及ばない。決して弱いわけではない、軍全体で見れば間違いなく平均は越えている。しかし相手がガイアでは敵う筈もない。
「ハ! 流石に強いな、歯が立たない」
四肢を切りつけられながら笑う男。普段なら出血多量で意識すら保てないが、死なない以上どんな傷でも致命傷
にはならない。
男の剣はガイアに届かない。ガイアの剣は全て男に食い込む。それでも男は何度でも立ち上がる。いくら切りつけても意味はない。
「無駄だぜ? 俺たちはもう死んでるんだ」
男の言うとおりだった。手足がなくとも、心臓が潰されても、頭が吹き飛んでも、男は何事も無かったように起き上がる。
そう、これは命のやり取りではない。心の削り合いなのだ。
男は剣を握れなくなっても歯でガイアに攻撃を仕掛けていく。だが当然そんな攻撃はガイアに通用せず、くびごと切り落とされてしまう。しかしそれでも男の体は止まらない。手も首も無い状態でも、まだガイアに体当たりを仕掛けてくる。
「くっ!」
ガイアは男が動けないように体をバラバラに切り刻み、ダインスレイヴに吸わせる。男を殺せば復讐が遂行できなくなる可能性もあるが、ここでいつまでも男に構っているわけにもいかない。
(あの男を探すのは少々骨だが仕方がない。ここのどこかにいるのはわかっているんだ、必ず探し出す)
ガイアは男の死体を完全に吸いきるのを確認し、その場を去る。
「おい、どこへ行くんだ? 俺はまだ楽しみ足りねぇぞ?」
突如聞こえてきた男の声に振り返るガイア。いましがた確かに吸いとった男が、耳以外を完全に修復して立っていた。
「それが七聖剣か。まったく、神なんぞの力を借りるなんてな」
「ばかな……お前は確かに」
ダインスレイヴから伝わってくるエネルギー。男の肉体は確かにダインスレイヴが吸収した。
「まだそんなこと言ってんのか? お前が吸いとったのはただの器だ。ここじゃそんなものいくらでも作り出せる。なんなら試してみるか? 限界とやらが来るかどうか」
「この……」
そこから先のことは良く覚えていない。何度も何度も男を殺し、何度も何度も吸い込んだ。それでもその直ぐ後に男は何食わぬ顔で現れる。痛みがないわけではない、殺せば当然血も出るし苦痛もある。それなのに男は死を一切恐れない。
「不思議か? そりゃあ初めて死んだときは怖かったさ。あの男の目……今でも忘れてない」
死ぬ間際に垣間見たゼロの眼光、一度睨まれたらもう逃げられない。命のきれるその瞬間まで目が離せなかった。
「だけど俺はもう死なない。痛みにも慣れてきた、くせになるほどだ」
男は自分の頭に剣を突き刺し、不死身ぶりをアピールする。
ガイアは諦めた。
「そうか、死んでまで人の道に反することはしたくなかったのだが」
「は? 何を言って……」
突如男の視界が消える。感覚も何一つ無い。
(なんだ……何も見えない、何も聞こえない)
『五月闇』
男は、目にも止まらぬスピードで貫かれていた。その瞬間に男の五感は奪われ、自分が何者かも認識できなくなる。
「本来この技は相手の自由を奪い、一方的に殺す技だが、死なないのなら通用しないだろう」
ガイアはダインスレイヴを突き刺したまま、男の剣を奪う。
「だが、殺し続けることはできる。お前はそこで永遠に命を吸われ続けていろ」
ガイアは冷たい視線を残し、男のもとを去っていく。
(何が……おき……)
五感が縛られた男は何もわからない。だがそのうちに感覚だけが戻ってくる。
(い、痛い? 痛いのか? 痛いぞ!)
腹が燃えるように熱い。しかし目が動かないのでどうなっているのか見ることもできない。手が動かないので傷をさわることもできない。
(し、死ぬ……そうか、死ねば解放される!)
あまりの激痛に耐えられなくなる男。死を望むが、一向に死ぬことができない。
(痛い痛い痛い痛い! なぜ死ねない! なぜ狂えない!)
痛みが増すほど頭も冴えてくる。死なない程度に命を吸われ続け、死なない程度に痛みを与えられ続ける。
男の苦しみは永遠に続く。死ぬことも生きることもできず、何も考えられず、あるのは痛みのみ。ダインスレイヴの加護が消えるそのときまで、男は地獄で地獄を味わう。
男と別れてから、ガイアは歩き続けた。真っ暗闇の中を歩き続けた。右も左も前も後ろもわからなくなってくる。何年歩いたかもわからないが、あの男以外は一人も
見つからなかった。
全てを見通すマリン。ガイアの事も当然把握していた。
「ほう、ここが地獄と知ってなお、歩き続けるか。難儀な男だ。お前以外は全員諦めたというのに」
水晶を覗きこみながら笑顔を見せるマリン。彼女の足元には数々の水晶が砕かれ、落ちている。その破片にはマークたちの姿が映されており、その全員が呆然と立ち尽くしていた。
「お前ならたどり着くかもしれんな、覇王のもとに」
マリンはガイアが映し出されている水晶を大切そうに抱えながら闇の中へと消えていった。