episode 56 「戦いの火蓋」
三人とフェンリーは再びイシュタルの小屋を訪れた。
「気を引き締めていきましょう。」
そう言っているリースは緊張で心臓がはち切れそうになっていた。それを見透してか、レイアがリースの背中を叩く。
「頑張りましょうね!」
レイアの励ましを受けて多少緊張がほぐれるリース。ケイトは開き直り、フェンリーは意にも介していなかった。
「よし。いっちょ行ってみっか!」
単独で乗り込もうとするフェンリー。レイアとリースが止めようとするが、フェンリーは無視して小屋の扉を叩く。急いで物陰に隠れる三人。しかし小屋の中からは、なんの反応もない。
「なんだ?留守か?」
そう言うとフェンリーは右手の手袋を外して、鍵穴に指を押し当てる。するとドアノブの部分が完全に凍りつく。
「何をしているのですか!そ、そんなことをしたら元帥に殺されますよ!」
「まぁ、見てろ。」
リースの言葉を聞き流してドアを思い切り蹴飛ばすフェンリー。勢いよくドアが壊れる。
「お邪魔しますよーと。」
青ざめるリースを置いてずかずかと家の中へ入っていくフェンリー。中には誰もいなかった。思わずほっとするレイアとケイト。リンが居ないかと小屋を探索するが、見つからない。フェンリーは小屋の中を物色し始める。
「ほんとにここが帝国最強の兵士の家かよ。俺ん家より小せえな。」
「ここは元帥の修行部屋です。ご自宅は他にあるそうですよ。」
なら自宅に戻ってしまったのでは?レイアがそう思った瞬間。背後から強烈な気配を感じる。
「わぁ。皆さんどちら様ですか?僕はリンです。」
「ワシの家で何をしている?」
強烈な殺気に気圧されるケイトとレイア。リースも目から涙を流している。イシュタルは見慣れた三人をスルーしてフェンリーを見つめる。
「見ない顔だな。またこの愚か者共にそそのかされてやって来た愚か者か。」
フェンリーはもう片方の手袋も外す。
「あんた、最強なんだってな。俺と勝負してくれよ。で、あんたが勝ったら俺があんたの言うことを何でも聞くってのはどうだ?」
イシュタルはフェンリーから目をそらさず答える。
「一応聞いておこう。貴様が勝ったらどうするのだ?」
「あ?決まってんだろ。俺の下につけ。」
火花が散る。
「ご、ご無礼!」
その空気に耐えきれなくなったリースがイシュタルに斬りかかる。が、当然叶うはずも無く、素手のイシュタルに軽く投げ飛ばされる。
「あぅ!」
壁に激突し、意識を失うリース。リンは倒れている三人を興味津々に眺める。
「生きているのでしょうか。死んでいるのでしょうか。」
「お前本当に記憶を失ってんだな。レイアが倒れてるってのにそんなのんきにしやがって。」
「???」
リンはもちろんフェンリーのことも覚えていないようだ。
「よそ見をしているては余裕だな。」
イシュタルの鋭い蹴りがフェンリルの顔を襲う。蹴りは見事にヒットし、フェンリーは吹き飛ばされる。
「それとも愚かゆえの当然の結果か?」
「いんや、余裕の方だぜ。」
血を流し、床に伏せ、ニヤリと笑うフェンリー。その顔を見て蹴りを加えた足に違和感を覚えるイシュタル。返り血を浴びた足は凍りついていた。
「これが俺の力。あんた等が言うところの神のご加護ってやつさ。」
「ほぉ、ワシと同じ闘神の寵愛を受けし者か。面白い。大口を叩くだけの事はある。」
イシュタルは横たわるリースから剣を奪い取る。
「手心を加えて申し訳なかった。貴様のささやかな抵抗に免じて少しばかり相手をしてやろう。」
「へ、そうかよ。あんまりはしゃいで腰をやっても知らねぇぞ。」




