episode 543 「氷牙十連拳」
氷牙拳法には十種類の形が存在する。その中でも最強の威力を誇るのが最終奥義である拾の形、氷牙十連拳だ。現在この奥義を受け継いでいるのはシオンのみであり、またこれから先もこの奥義を受け継ぐことのできる者は現れないだろう。
第壱の形、氷牙。氷を纏った拳がアスラの腹に命中する。すかさず第肆の形、氷連脚でアスラの大きな体を蹴り上げる。
「なかなかの威力……だが!」
僅かに浮き上がるアスラの体。しかしアスラも黙って技を受け続けはしない。手刀でがら空きの頭部を狙うアスラ。
「なっ」
しかしアスラの手刀は空を切る。シオンが攻撃を避けたわけではない。アスラの体が更に高く蹴り上げられていたのだ。
「まだだよ!」
シオンは一度地面に着地した後、地面を蹴り上げてアスラに更なる追撃を加える。漆の形、氷刃乱舞。手足を鋭い氷でコーティングし、アスラの体を切り裂いていく。
「こざかしい!!」
対してダメージは入らないが、それでも体を切り刻まれるのは鬱陶しい。アスラは体に力を入れ、気合いだけでシオンを吹き飛ばす。
「きゃっ!」
シオンは地面に叩きつけられる。うまく受け身がとれず、体の芯までダメージが浸透する。
だが、まだ奥義は終わっていない。シオンはずたぼろの傷口を氷で覆い、立ち上がる。捌の形、絶氷で地面を殴り付け、空高く飛び上がる。
「これで終わりよ!」
骨が軋む。いくら氷牙拳法を受け継いだとはいえ、連続で技を使えば体への負担はかなりのものだ。すでに何ヵ所かは骨折していた。
『双氷葬!』
第弐の形をアスラの上空から御見舞いする。アスラは猛スピードで氷が敷き詰められた地面へと落下する。シオン自身も力を使い果たし、力なく墜落する。
下はアスラの落下によって破壊された氷のフィールド。剣山のような大地がシオンの到着を待っている。
「シオン!」
シオンはマークによって受け止められる。シオンの体は全身から血が噴き出しており、足と腕はおかしな方向へと曲がっていた。
「シオン、すまない、俺のせいで……」
無惨なシオンの姿を目の当たりにし、自らの軽率な行動を深く悔やむマーク。
「そう、私の名前はシオンだよ。もうよそよそしくナルスって呼ばないでね」
「ああ……わかっているさ、シオン」
マークの返答を聞いてにっこりと微笑むシオン。そしてそのまま目を閉じる。
「無茶なことをする人間だ」
シオンを抱き寄せたマークの前方で声がする。勿論あれで倒れたとは思っていなかったが、それでも現実を目の当たりにすると来るものがある。
「化物め……」
シオンを優しく地面に置きながら呟くマーク。正直もう戦える力は残っていない。
アスラはやはりほとんどダメージを受けていなかった。かすり傷程度はできていたが、血の一滴も流していない。
「これでそこの娘も分かっただろう。自らの行いが過ちだということを」
アスラは一瞬倒れたシオンに目線を移すが、すぐにマークの方を向いて告げる。
「わかっている。俺たちがお前に勝てないなんてことは」
そう言いつつも再び剣を握りしめるマーク。
「お前は俺の行動を愚かだと罵った。確かにお前から見ればそうなのだろう。いや、きっと誰もがそう思っているのかもしれない」
マークの話を黙って聞くアスラ。
「俺が兄上のもとへ行ったとしても何も出来ない、足手まといになるだけ、確かにその通りだ。俺の力では兄上の足下にも及ばないのだから」
マークは足を引きずりながらアスラへと近づいていく。
「愚かだとわかっていながらなおまだ向かってくるというのなら、それは最早哀れというものだ」
これ以上マークと戦えば殺してしまうかもしれない。それでもアスラはここで道を譲るわけにはいかない。
「ここで兄上を諦めてしまえばそれはもう俺ではない。たとえ哀れだとしても、俺は諦めるわけにはいかない。俺は進むのを諦めない。俺は俺自身を諦めない!」
ウォーパルンとエクスカリバーを携えながらアスラに飛び込むマーク。だがその剣がアスラに届くことはない。アスラが反撃するよりも早くマークは意識を失い、地面に倒れる。
「なかなか楽しめたぜ」
ルインが呟く。他の神々も戦いがあったことなどもうすっかり忘れたようすで、魔女の対策を各々考えている。だがそんな中、ルナだけが立ち上がり、倒れたマークとシオンのもとに向かっていく。
「ルナ、どうしたの?」
不思議そうに尋ねるモルガナの横を通りすぎ、シオンとマークの体に手をかざす。すると二人の体は宙へと浮かび上がり、その傷はみるみるうちに回復していく。
「ルナ、それが済んだらそいつらをもと居た場所まで飛ばしてくれ。さすがにもう向かってくることは無いだろう」
「それはどうじゃろうな」
ニヤリと笑うルナ。それと同時に目を覚ますマークとシオン。二人は一切迷わず、再びアスラに向かっていく。
「……気が触れたか。いいだろう、殺しは本意ではないが仕方がない」
アスラは全ての力を解放する。たった二人の人間を殺すために。