episode 539 「神の領域に踏み込みし者」
芸術作品のような攻撃がガイアに襲いかかる。思わず見とれてしまう。だが先程までのようにただやられたりはしない。
(俺を認めてくれた中将の為にも、ここで俺がやられるわけにはいかない!)
受け止めるガイア。普通の剣ならばガイアの剣ごと両断されていたかも知れないが、加護は効かなくてもダインスレイヴは頑丈だ。ジャンヌの攻撃をまともに受けても刃こぼれ一つ無い。
「さすがね。できればもう一度食らってみても良かったのだけれど」
「いつまで余裕でいられますか?」
ジャンヌの剣を力任せに弾き返すガイア。ダインスレイヴを持っているからこそできる大雑把な戦い方だ。
「あら」
「あなたと俺の力はほぼ互角……食らい付き続ければ体力のある俺の方が有利」
剣に力を込めていくガイア。力配分など一切考えず、常にジャンヌよりも強い力で押し返していく。
「速い、強い!」
「当然だ。あの二人は帝国最強の剣士だぞ?」
戦いに一切参加できないローズとリザベルト。狂喜じみた二人の打ち合いをただ見つめるしかない。それはアーノルトも同じだった。
「あのガイアと言う男……まさかここまでの実力者だったとはな」
「美しい戦い方ではないが、確かに剣の腕は一流のようだな。ヘルメスが剣を趣味としていたが、あの二人には到底及ばんな」
マリンまでもが人間の到達点に位置する二人の戦いを評価する。
だが、ガイアの思惑はことごとく打ち崩されていく。力任せの攻撃は悪くない選択だった。ガイアの攻撃に対抗するためにはジャンヌもそれに近い行動を起こす他になく、そうすることによってジャンヌの体力を削ぐことこそがガイアの狙いだった。しかし、ジャンヌの動きは全く弱まらない。
(どういうことだ? 体力は俺の方が上だったはず……まさか今までは力を隠して……!)
息が上がりながらも攻撃の手を緩めないガイア。
「あなたまだ勘違いをしているのね」
「なに?」
ジャンヌは剣で自らの足を突き刺す。
「なっ!」
剣を引き抜くと真っ赤な血が吹き出し、痛々しい傷痕となる。が、まばたきをするほどの時間で傷は完治する。
「私はもう死人なのよ? 傷ができても関係ないわ。もちろん体力が消耗することもない」
ジャンヌの姿が目の前から消える。ガイアの目をもってしても全く追うことができない。
(焦るな……中将の動きが人並み外れているのは想定内。目で追えなければ音で追うまで)
冷静に剣を握りしめるガイア。ジャンヌが移動する音とその法則性を計算し、ジャンヌが現れる場所を予測する。
「そこだ!」
剣を突き出すガイア。だが、そこにジャンヌの姿は無い。
(まだだ、もう一度……)
しかし何度やってもガイアの剣はジャンヌに届かない。
「むだだ。あのスピードに対して闇雲に剣を出したところで当たるはずもない」
ジャンヌのスピードに驚愕しながら語るアーノルト。
「いや、あの男の予測は完璧だ。だが、それでもあの女のスピードが一つ上の次元というだけの話……」
マリンでさえもジャンヌのスピードは追いきれていない。
「おそらく生前は力を制御していたのだろう、体が耐えられるはずがない」
マリンが目の当たりにしているジャンヌの身体能力は人間の領域を明らかに越えており、神の領域にまで達していた。
マリンの憶測通り、ジャンヌの体は崩壊していく。肺や血管は動きに耐えきれずに破れ、手足の骨が体の外に突き出る。それでもジャンヌの動きは衰えない。体の損傷を直ぐに治し、何事もなかったかのように人類を超越した動きでガイアを翻弄していく。
だが、突破口は掴んだ。
姿こそ見えないが、ジャンヌの通った道筋にはくっきりと赤い跡が残る。聴覚だけでなく、視覚でジャンヌを捉えることに成功したガイア。そうなれば予測は格段にその精度を増す。
「そこだ!!」
ガイアの突き出した剣は見事にジャンヌの足を捉え、突き刺された右足が勢いで切り離される。ジャンヌ自身もバランスを崩し、とてつもないスピードで地面に叩きつけられる。体の半分が押し潰され、中身がぶちまけられる。通常ならもちろん即死級のダメージだが、数秒すると何事もなかったかのようにジャンヌは立ち上がる。
「一応聞くわ。なぜ首を狙わなかったのかしら?」
不機嫌な表情で尋ねるジャンヌ。少し考えたあと、ガイアはゆっくりと答える。
「狙えなかった……それだけです」
「そう……」
ガイアの答えを聞いたジャンヌの顔が黒く沈んでいく。
「私ね、そういう嘘が一番嫌いなの」
再びジャンヌの姿がガイアの前から消える。だが今度はどこにいるのかよく分かる。自分自身に対して突き進んでくるからだ。
ここで死ぬ。そんな予感がガイアの脳内を駆け巡る。ガイアはゆっくりと目を閉じる。
カキン!!
辺りに金属音が響く。てっきり自分の肉に刃が食い込む音がすると思っていたガイアは目を開ける。すると目の前でリザベルトとローズが二人がかりでジャンヌの剣を受け止めていた。
「二人の姿が見えたから一応力緩めちゃったけど、どういうつもりかしら?」
ジャンヌが少し驚いた表情でローズとリザベルトに尋ねる。
「姉上、ここで准将を失うわけにはいきません。あなたがどうしてもそうするというのなら、私も立ちはだかります」
ローズの言葉を聞くと、ジャンヌはにっこりと笑う。
「うれしい。本当に嬉しいわね、妹の成長って」
そう言って二人から距離をとるジャンヌ。
「いいわ、かかってきなさい。ちゃんと手加減してあげるから」
ジャンヌは生まれて初めて妹たちに剣を向けた。