episode 533 「進む意思」
ゼロから話を聞いたレイアたちは直ぐに宿を後にした。そんなことをしたところで無駄なのだろうが、それでもここにとどまり続けるという選択はできなかった。
「本当なのかよ、またマリンが現れたって」
ジャックが青ざめた顔で尋ねる。
「ワルターがここにいない以上、そういうことになるわね。それよりも問題なのはあいつが自分から進んで行ったってことじゃない?」
歩きながら嘆くクイーン。彼女からしたらワルターの行動はとても理解できるものではなかった。
「いや、むしろそこは問題じゃねぇ。問題なのはその先だ。神、確かにそう言ってたんだな?」
ゼロに尋ねるフェンリー。ワルターが戦闘狂なのは承知の上だ。そのワルターがマリンとの戦闘を放棄してまで選択したもの、それに気が削がれる。
「ああ、お前の求めるもの、確かにそう言っていた」
先頭を歩いていたゼロは振り返り、全員に向かってそう言った。
レイアが震えている。いきなり仲間が最大の敵にさらわれたのだ。不安で仕方がないのだろう。今ゼロにできることはせいぜいその手を握ることくらいのものだが、それが気休めでしかないことはゼロもレイア自身もよくわかっている。だがそれでもゼロは手を握る。
「ゼロさん、大丈夫でしょうか」
手に伝わる熱で少し震えが止まるレイアが尋ねる。
「わからない。だがマリンから敵意は感じられなかった。もともと何を考えているかわからない女だったが、それは間違いない。少なくともやつ自身がワルターに手を出すことは無いだろう」
マリンは手を出さない。確かにそうかもしれない。だとするとワルターに手を出すのは誰なのか。
「神、普通に考えれば十闘神だが」
「でも、なんでマリンが、それを?」
ローズとケイトも頭を悩ませている。
神々と魔族は敵同士だ。魔族は敵と闘うためにコマと呼ばれる手下を用意している。マリンだけはその存在を確認することはできなかったが、レイアはメイザース、ワルターとフェンリーはメディアのコマになった経験もある。特にメディアの拘束力は絶大で、二人が何の躊躇もなくゼロを殺しにかかったほどだ。
「単純に考えればマリンは神々と闘うためにワルターをコマにした、ということなのだろう」
だがマリンがワルターを無理矢理連れていかなかった理由がわからない。ゼロは続ける。
「コマにすると何か不具合が生じる、もしくはコマにするための条件がある、考えられることはあるが、ワルターがコマになった形跡はない」
「コマにする必要もなかったんじゃねぇか? 神が居るって言えば嘘でもアイツがついていくって解ってたんだろ」
フェンリーの言うことがもっともしっくり来る。再びマリンがゼロたちの前に姿を現さなければそう結論づけられただろう。
「揃っているな」
またしても突如姿を現すマリン。間髪入れずに攻撃を仕掛けるフェンリー、ローズ、ジャック、クイーン。ゼロはレイアとケイトを連れてマリンから距離をとる。氷の槍がマリンに命中し、一瞬で彼女の体を氷付けにする。動かなくなったマリンに斬りかかるローズ。
(なんだ? 今視線が)
マリンは全く動いていない。それだというのにマリンからの視線は絶えない。だがここで斬りかからないという選択肢はあり得ない。
「たぁぁぁ!!」
ローズの剣によって僅かに氷に亀裂が生じる。その僅かな隙間を狙って弾と矢を放つ組織のスナイパーたち。隙間から血が噴き出し、その命を終わらせる……筈だった。
「素晴らしいコンビネーションだ。期待はずれという最悪の結果だけは回避できたようだな」
隙間から漏れたのは血ではなく声だった。
「こいつ! 効いてねぇのか!?」
「何を驚く? むしろ効果があると思っている方が驚きだ」
ジャックの驚愕を一蹴するマリン。氷がパラパラと砕け散り、中から無傷のマリンが姿を現す。その見下した笑顔を浮かべた彼女のこめかみをゼロの弾が狙う。マリンはオルフェウスの力を使い、それを回避する。
「避ける……ということはまだ怠惰の力は完全ではないようだな」
レイアとケイトを後ろに庇いながら告げるゼロ。マリンは再び元の姿となり、ゼロに対して同様の笑顔を浮かべる。
「確かに怠惰は完璧ではない。だがそれがどうしたというのだ? たとえ怠惰がなくとも私がお前たちを遥かに超越した存在であることは変わり無い事実だ」
「その超越者とやらが俺たちに何の用だ。ワルターの次は俺たちをコマにする魂胆か?」
ゼロの真剣な表情に吹き出すマリン。見下した笑顔ではなく、慰みものでも見るかのような笑顔に変化する。
「相変わらず滑稽な男だな。私がお前たち程度の存在をコマにするとでも思っているのか?」
ゼロは何も言い返さない。マリンがそう言うということはワルターはコマにされたのでは無いのだろう。
「教えてほしそうな顔をしているな。私が何のためにここへ来たのか」
「当然だろ? ワルターをどこへやったか言いやがれ!!」
フェンリーが再びマリンに向かって氷を投げつける。マリンはそれを手のひらで止め、フェンリーに向かって突き返す。
「どわっ!」
「私が今、話している」
フェンリーは自らの氷を浴び、地面に叩きつけられる。氷自体は直ぐに解除することができたが、フェンリーはもう何もせずにそのまま座り込む。
「安心しろ。ワルターは生きている。無事という意味ではないがな」
「なんだと?」
ゼロがマリンを睨み付ける。その表情を楽しむマリン。
「神に戦いを挑んだのだ。無事でいられるわけが無いだろう」
マリンはゼロたちの前にゲートを開く。
「言うまでもないが、知りたければついてくるしか無い」
そう言ってマリンは先にゲートをくぐる。
「どうすんだよ」
フェンリーが誰にでもなく尋ねる。本当にどうしたらいいのかわからない様子だ。もちろんワルターを助けたいのだろうが、この先にワルターが居る保証もない。判断を間違えればその先で全員の運命が決まってしまう。
「俺は行く」
ゼロは静まり返る中、そう呟く。フェンリーはその言葉を待っていたかのように立ち上がる。
「だな。お前らは?」
ジャックとクイーンの方に尋ねるフェンリー。
「もちろんついていくぜ」
「そうね。このままもやもやしたままは嫌よ」
二人も行く気満々だ。
「足手まといかもしれんが、私も行く」
ローズもここで一人取り残されることだけは嫌なようだ。
「止めても、無駄だからね」
ケイトもぎゅっとゼロの裾をつかむ。いまさら残るという選択肢も無いのだろう。
「レイア、不安なら……」
「はい、残ります……と言うとでも思っていらっしゃるのですか?」
心配そうなゼロに微笑みかけるレイア。覚悟は決まっている。
「わたくしもお供致します。あなたと一緒ならば何処までも」
全員の意思は固まった。ならば進むしかない。皆が一緒ならば何の不安も恐怖もない。進む先がたとえ闇の中だったとしても。