episode 532 「ゲートのその先に」
「ハハハハハハハ!」
ワルターは高笑いをしながら神々に突っ込んでいく。その顔は喜びに満ちあふれている。
「夢のようだよ! この世界で最強の神々と戦えるなんて!」
ワルターは先頭に居たルインに一直線に進んでいく。ルインも自分が狙われていると感じ取ったが、特に何の反応も示さない。それは他の神々も同様で、仲間が命を狙われているのに一切気にしようとはしていない。
もちろん、それはワルターも感じ取っていた。
「俺なんてふりかかる火の粉ですら無いってことかい? なめられたものだ……ね!」
ルインに到達する前に剣を振るワルター。すると剣先から雷撃が放たれ、目にも止まらない速さでルインの体を貫く。
「あが!」
僅かに声が漏れるルイン。
「できれば君みたいな美人さんに手をあげたくはなかったけれど、仕方ないさ」
硬直するルインに向かって剣を振り下ろすワルター。
(タイミングも完璧! 敵はまだ動けない、殺すとまではいかなくても深手は負わせた!)
更にテンションが上がるワルター。だが、直ぐにそのテンションはドン底に叩き落とされる。
「調子に乗るなよ、羽虫が!」
ルインはワルターの攻撃に合わせて中指を弾く。いわゆるデコピンだ。たったそれだけでワルターの攻撃はかきけされ、ワルターの体も大きく吹き飛ばされる。
「がぁぁぁぁぁあ!!」
地平線の彼方まで吹き飛ばされそうな勢いのワルターを、同じくゲートから現れたマリンが受け止める。
「満足か?」
「ああ! 勝てたらもっと良かったんだけれどね」
受け止められたワルターはとても満たされた笑顔を残して気絶する。
「どうだ? 今の人間の力は」
苛立つ顔のルインに尋ねるマリン。
「てめぇ、アタシで実験しやがったのか」
「そういう思惑が無かったわけではないが、それを決めたのは私ではなくこれ自身だ」
気に入らない笑顔を浮かべるマリン。
「確かに人間の限界は越えていた。だけどよ、この程度で戦力になるのか?」
「するのさ。そうしなければ母には勝てない」
ワルターを乱雑に地面に置くと、マリンは再びゲートの中に消えていった。
今から数分前、話はマリンがワルターの前に現れた時に遡る。
それは突然だった。最初に異変を感じ取ったゼロは慌てて宿の外に飛び出す。そこに居たのはあのマリンだった。
「貴様……」
「久しぶり……と言うほどではないか」
マリンは以前会った時よりも更に力を増していた。今闇雲に戦ったところで、万に一つも勝利はあり得ない。
マリンからも敵意は見られない。まずは何のために現れたのかを探ることを第一に考えるゼロ。
「何故ここに……」
「ハァァァァァ!!」
ゼロの横を何かが通りすぎる。考えるまでもない、ワルターだ。
「嬉しいよ! こんなにも早く再戦できるなんてね!」
周りの事などもう一切目に入っていないワルターが目の前のマリンに突っ込んでいく。
「ワルター! 落ち着け!」
自分で言っていても無駄だとよく分かるゼロ。強敵を前にしてワルターが止まることなどできるわけもない。
「威勢がいいな。とても前回こてんぱんにやられたとは思えないな」
ワルターの攻撃を簡単に避け、その頭を鷲掴みにするマリン。とても女性のものとは思えない力で押さえつけられる。
「っ、ワルターから手を離せ!」
拳銃を構えるゼロだが、マリンに効くとは思えず、またワルターが暴れていて狙いも定まらない。
「安心しろ、お前たちの死に場所はここではない。もっと醜悪な舞台を用意してある」
「そうかい、でも俺は今死んでも構わないさ。あなたと戦えるならね!」
ワルターは必死に暴れ続け、ついにマリンの手から逃れる。そして剣先を自分の体にあてる。
「はぁぁぁ!!」
剣から放たれた雷撃がワルターの体を包んでいく。ワルター自身にダメージが無いわけでも無いようで、体の至るところから血飛沫が上がっている。
「ワルター、本当に死ぬぞ!」
「本望!!」
もうゼロに止める事はできなかった。無理矢理止めれば確実に巻き沿いをくらってしまう。
そんなワルターは救ったのはマリンの言葉だった。
「本望? 果たして本当にそうなのか?」
「え?」
ワルターの動きが止まる。
「そこのゲートをくぐれ。その先にお前の求めるものがある」
マリンは自分が通ってきたゲートを指差す。さすがにワルターも躊躇しているのか、なかなか近づこうとはしない。だが既に自殺行為は止めており、意識は完全にマリンに持っていかれている。
「ワルター、わかっていると思うが」
「勿論わかっているさ。罠だってね。でも、足が動いてしまうんだよ」
言葉通りワルターは一歩ずつゲートに近づいていく。
「さあ、進め。その先に神が待っている」
その言葉を聞いた瞬間、ワルターはゲートに飛び込んだ。
「ワルター!」
「直ぐに戻る」
叫ぶゼロを置いて、マリンは何処かへと消えていった。