episode 530 「生き残りし人間たち」
マリンから魔族の力の弱点について聞き終えた神々は、早速メイザース大神殿へと向かおうとする。一刻も早く魔女を抹殺し、世界に本当の意味での平和を取り戻すためだ。
しかし、マリンはそれを止めるように神々の前に立ちはだかる。マリンが裏切ったのかと神々の警戒心は強まり、今にも火花が散りそうな展開だ。
「どういうつもりだ?」
「決まってんだろ、やっぱりこいつはアタシらの敵ってことだ」
ハデスとルインが拳を構えながら前に出る。たとえマリンの協力で魔女を討ち滅ぼすことができたとしても、結局のところマリンとは決着をつけねばならない。遅いか早いかの違いだ。
「などと考えているのかもしれんが、よもやお前たち、何の準備もせずに母を復活させるつもりか?」
「は? 弱点ならもう覚えたぜ?」
したり顔で答えるルインに対して、頭に手を当てながら首を横に振るマリン。
「対処法がわかったところで対して状況が変わらないのはお前たちもよく知っているだろう? まだ話は終わっていない」
「ああ!? さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって! 弱点はもうわかったんだ、ぶっ飛ばしてやっても良いんだぜ?」
ルインは顎を突き出し、目を尖らせてマリンに近寄る。
「できると思っているのか? お前ごときに」
「上等じゃねぇか!!」
マリンに飛びかかろうとするルインだったが、ネスの力によって地面に叩きつけられる。
「あぐっ! ネス……てめぇ」
「落ち着きなよ」
重力操作によって動けなくなりながらも、マリンをにらみ続けるルイン。
「マリン、貴様もいい加減もったいぶるのは止めろ。俺たちも貴様も急いでいることには変わりないだろう」
ルインがこれ以上暴れないように、目線を遮るように立つミカエル。と言っても彼自身もいい加減我慢の限界のようで、体中の毛がゆらゆらと揺れている。
「そろそろもったいぶるのはやめたらどうだ。神の時間とて有限ではない」
殺気が目に見えるほどミカエルの体から放出されていく。
「わかっている。私も無限の命があるわけではない。そして彼らの時間はもっと短い」
「彼ら……だと?」
聞き返すミカエル。マリンが指を鳴らすと、そのミカエルの背後に魔族のゲートが開く。そしてその中から続々と何かが投げ出される。
「マリン! 何処だ!!」
「お前たちは……」
現れていきなり叫び出す男に対して呟くアスラ。現れたアーノルトの姿は非常にやつれており、髪も乱れていた。とても先程までの男とは思えないが、こちらを見たとたんに襲いかかってくるその姿勢は間違いなくアーノルトだった。
「貴様は……! マリンを何処へやった!」
最早クナイすら持っていない手で神に飛びかかるアーノルト。アスラは軽く身をかわす。
「どうした? そんなに私に会いたかったのか?」
体勢を建て直してすぐにまた飛びかかろうとしているアーノルトに語りかけるマリン。その言葉が耳に届いたとたん、アーノルトは硬直し、ゆっくりとマリンの方を向く。
「マリン!」
そしてまるで主人を見つけた子犬のように一目散にマリンを目指して走り出す。
「アスラ、何なんだあの人間は」
アスラにそう質問するハデス。
「あの男は……まさか生きているはずがない」
アスラよりも先に反応したのはミカエルだった。組織本部での戦い、そして神の力による破壊。それを乗りきる事のできる人間などミカエルには想像がつかなかった。
「お前がかつて行ったあの虐殺の生き残りか。なるほど、やつならばあり得る話だ」
「アーノルトだけではないぞ?」
勝手に納得するアスラに対して事実を突きつけるマリン。そのマリンの言葉にアスラとミカエルは驚きを隠せない。
「何? いや、あり得ん」
「それも一人や二人ではない。十数人はその存在を確認している」
動揺するミカエル。あの時ミカエルは持てる力のすべてを使ってあの島を滅ぼした。そこから生還できる人間などもはや人間ではない、そうとまで感じていた。
「そう、その通りだ」
ミカエルの心を読むマリン。
「だからこそ力になる。そこで寝ている五人も含めて六人、これらには母と戦うコマになってもらう」
マリンは倒れているガイア、リザベルト、シオン、レックス、ロミーを一人づつ指差しながら告げる。
「ただの人間を巻き込むつもりか? 確かに腕は立つかとても魔族の相手など……」
「無論巻き込むつもりだ。これは人間の問題なのだからな」
マリンは当然といった表情でまたしてもゲートを開く。その行動に対して警戒し、構えをとる神々。その神々からマリンを守るべく、料地を広げながら前に立つアーノルト。
「マリン! ここは俺が何とかする! だから早く逃げろ!」
ボロボロの雑巾のような体でマリンの前に立つアーノルト。相手がただの野良犬でも苦戦しそうだ。
「落ち着けと何度言わせるつもりだ? アーノルト。そしてお前たちもだ。これからある男を迎えにいく」
いい加減この空気にも飽き飽きした様子のマリンが事情を説明する。
「ある男?」
「ああ、お前たちにも負けず劣らずの実に愚かで愉快な男だ」
そう言い残すとそこに居る全ての者を残してマリンはゲートの奥へと消えていった。