episode 519 「自然の摂理」
壮絶な戦いだった。戦況は終始アスラが優勢で進んだが、アーノルトは何とかアスラに食らいつく。
アーノルトの目的はなにも勝つことではない。できるだけ長くアスラを足止めし、マリンが回復する時間を作ることだ。
マリンはまだ起き上がることが出来ない。いくらメイザースの力を持っていたとしても、スサノオたちとの戦いで魔力を使いきってしまった今のマリンでは回復に相当の時間が必要だ。
アーノルトは徐々に追い詰められていく。体に刻まれた傷も、既に五十を越えていた。それに引き換え、アーノルトの攻撃はまだ決定的なダメージを与えられていない。何発か攻撃は命中しているものの、手応えはまるでなかった。
(素手で鉄塊と戦っている気分だ。流石は最強の存在といったところか……)
アーノルトは攻撃を止め、回避に専念していく。マリンの方を確認する余裕が無いため、あとどれほどアスラの相手をすればいいのかわからない。もしかしたらマリンはあの攻撃で既に死に、アーノルトは無駄な行動を永遠に行わなければならないのかもしれない。
(考えるな、雑念が生まれればそれは隙となる。格上との戦いにおいてそれは死と直結する)
アーノルトにできることは信じて戦う事だけだった。
「待つんだセシル!」
ガイアはようやくセシルに追い付き、手を握る。
「離してくださる? わたくしにはやらなければならないことがあるんですの」
セシルはガイアを振りほどき、再び走り出そうとする。すぐそこでは爆音をたてながら何かが戦闘を続けている。これ以上進めば巻き込まれかねない。
「戻るんだ! アーノルトなら俺が探す!」
「これはわたくしの責任でもありますわ。ですからわたくしは行きます。そこでわたくしの身に何があろうともそれもわたくしの責任ですわ」
覚悟の決まったセシルの瞳に、ガイアはそれ以上言い返せない。こういう目をした人間には何を言っても無駄だと理解しているからだ。
「わかった。だが俺もいく。俺のそばを離れないでくれ」
「お願いしますわ」
二人は戦場へと向かっていく。
マリンは閉じそうな瞼を必死に開き、体を癒すために木にもたれ掛かる。木はアスラの力によって命を吸われており、今にも朽ち果てそうだ。
「ごふっ!」
腹に空いた風穴と口から血を吐き出すマリン。体内の血液はほぼすべて流れおちてしまった。
(メイザースの力がなければここで終わりだったな)
マリンは徐々に回復しながら、戦っているアーノルトを見つめる。
(まさかあの坊主がアスラと戦えるほどにまで腕を上げるとはな……やつなら母に対抗できる存在に成りえるかもしれないな)
腹の傷の治り具合が良くない。アスラの攻撃は命を形にしてぶつけるものだ。そのせいか否か、まるで傷口自体が治るのを拒絶しているかのようだ。
(アーノルトは強くなった。だがまだ神どもを相手にしては分が悪いな。やはり、私が行かなければ……)
マリンはまだ治りきっていない体を無理矢理起こし、アーノルトの方へと進んでいく。が、やはり体が思うように動かず、途中で倒れてしまう。
(くっ……)
アーノルトは体力を消耗していく。アスラはまだまだ余裕を残しているようだ。そこで倒れたマリンに目線を移すアーノルト。
「マリン!」
「愚か者! 敵から目を離すな!」
マリンが慌てて声を上げるが、アスラはもう既に攻撃の動作を終えていた。
「なっ!」
「終わりだ」
アスラの拳がアーノルトに直撃しそうになったその時、突如無数の剣激が雨のようにアスラに降り注ぐ。
「無事か、アーノルト!」
ガイアがセシルを背中に庇いながら現れる。アーノルトはまさか、といった表情でガイアとその後ろのセシルを見つめている。
「お前たち……なぜ?」
「こちらを向くな! まずはそいつを片付ける!」
困惑するアーノルトに一喝し、アスラに挑むガイア。ダインスレイヴを片手に突っ込んでいく。現れたガイアに全く興味を示さなかったアスラだが、その握りしめた剣を見たとたん、表情を変える。
「まさかその剣を俺に向けるか。俺の作り出したその剣を……」
「何? 貴様……一体何者だ!」
剣を振り下ろすガイア。しかし剣が拒絶でもしているかのように刀身がアスラを避ける。アーノルトを連れ、一度距離を取るガイア。
「アーノルト! やつは何者だ? なぜ戦っている!」
そう質問しながらもガイアは何となくその答えを察する。七聖剣は神の力を封じ込めた剣だ。それを作ったと言うならばそれは神に他ならない。何よりも目の前の角を生やした男から醸し出されるオーラはガイアが出会ったどんな生物よりも凄まじかった。いや、1度だけ似たようなオーラを感じたことがある。組織崩壊時に感じたあのオーラに、とてもよく似ている。
「……神か?」
「ああ、神だ」
アーノルトの返事で確信するガイア。剣を握る腕が震える。
「待たせたな!」
そんなガイアの背後から声がする。そこには避難したはずのレックスの姿があった。レックスだけではない。リザベルトもパーシアスもリラもシオンも居る。
「避難は完了しました! 准将、ご指示を!」
敬礼しながら尋ねるシオン。
「本来は逃げろと言いたいところだが、そうも言っていられない」
ガイアは震える腕を押さえつけ、立ち上がる。
「全員、戦闘準備だ!」
ガイアの掛け声で構えを取る一同。セシルも最後尾にまわりながら拳を握りしめている。
「愚かな。そこの魔族さえ引き渡せば良いものを」
アスラはボキボキと肩を鳴らす。
「貴様らの目の前に居るのは神だ。貴様らが取るべき行動は手を合わせ、膝を折り、祈りを捧げる。それだけだ」
アスラは体全体からエネルギーを放出させていく。ガイアはそれを見て恐れながらも、すぐさまアスラを睨み付ける。
「あいにく俺はあの日から、神には祈らないと決めている。アーノルトを傷つけるというのなら、剣を向けさせてもらう」
「人は神には勝てない。自然の摂理というものを教えてやろう」
にらみ会う両者。ガイアが先陣を切って飛び出した。