episode 518 「アスラVSアーノルト」
体が溶け落ちそうなほど熱い。外側からアスラの圧倒的な圧力にあてられているのもそうだが、内側から込み上げてくる怒りを抑えきれない。
(なんだ、これは? これは本当に俺の肉体なのか?)
アスラに突撃しながらふと疑問に思うアーノルト。自分がここまで感情に左右されるなど考えたことすら無かった。アスラに向かいながらちらりとマリンの姿が目に映る。するとアーノルトの怒りは更に増大していく。
「はぁぁぁ!!」
右のクナイを投げつけるアーノルト。それを避ける素振りすら見せないアスラ。クナイは見事アスラの胸に突き刺さったかと思えた。しけし、クナイはアスラの皮膚から一センチ程離れた場所で止まり、そのまま落下する。それはまるでマリンの怠惰の力のようだった。
「何だと!?」
驚愕しながらも左手のクナイを直接アスラに向けて突き刺そうとするアーノルト。アスラはそれに合わせるようにして拳を突き出してくる。アスラの攻撃をまともに受けるわけにはいかないと、寸でのところで避けるアーノルトだったが、クナイは勿論それを握っていた左腕までもが木っ端微塵に吹き飛ばされる。
「があっ!」
「アーノルト!」
左腕を押さえながらアスラから距離を取るアーノルト。アスラはアーノルトに興味がないようで、直ぐにこちらから目線を外す。そして再びマリンを見下ろし、その命を奪うための行動に移る。
アーノルトにとって、戦闘中に自分の存在が無視されることなど初めての経験だった。
(赤子扱いすらされないというのか)
左腕に力を込めるアーノルト。すると体の内側から込み上げる怒りは形となってアーノルトの腕を作り出す。
(やつの力の源はあの圧倒的な生命エネルギーだ。そしてそれを他の命から際限なく吸い上げている)
アスラの足元の草花は既に朽ち落ちている。
(そしてそれを圧縮し、体の回りに纏っているのだろう。故に俺の攻撃には奴に届かず、避けたと思った奴の攻撃が命中した)
アーノルトはゆっくりとアスラに近づいていく。先程圧倒的な力の差を見せつけられたばかりだが、ここで引くわけにはいかない。
「貴様はどうやら脳が足りないらしい。魔族になど堕ちるのだから当然だといえば当然だがな」
アーノルトの方を一切見ずに口に出すアスラ。
「貴様のような小者は見逃してもよかったが、死にたいのならあの世へ送ってやる。だが……」
アスラは語りながらマリンの腹に強烈な蹴りを繰り出す。
「うぼぁぁ!!」
マリンの体はボールのように天高く打ち上げられる。腹にはどでかい風穴があき、そこから血を噴水のように撒き散らす。それを雨のように浴びるアーノルト。
「貴様はマリンを殺した後だ」
アーノルトは空のマリンを見つめている。あまりの衝撃に脳が理解を拒絶しているようだが、やがては限界が訪れる。そしてそれが訪れた瞬間、アーノルトの中で何かが音を立てて崩れ去る。
落ちてくるマリンに止めを刺そうとするアスラ。しかしアスラが気を奪われていたのはマリンではなくアーノルトだった。
「貴様……一体何をした?」
アスラはアーノルトの変化に驚愕していた。人為らざる力を持っていたとしても、所詮は生まれたばかりの魔族。だが今アスラの目の前にいるのは他の魔族と比べても遜色無いほどに力を増幅させたアーノルトだった。
「まさか……八つ目の力を手に入れたとでも言うのか」
アスラは死にかけのマリンからアーノルトへと標的を変更する。
「いいだろう。貴様がそれだけ死に急ぎたいのなら、望み通り先に葬ってやる」
アスラは身体中に纏わせたエネルギーを両手の拳に集中させていく。拳がまるで巨大化したかのような錯覚をおこすほどその力は増幅していき、もしあれが直撃でもしたらどうなるかは明白だ。恐らくこの世に存在した痕跡すら残らないだろう。
「いくぞ」
アスラは地面を蹴り飛ばし、アーノルトに接近してくる。そのスピードはスサノオやルインには及ばないものの、人の限界を何段階も超越している。
だが、それはアーノルトも同じことである。
ギリギリではあるが、アスラの拳を避けていくアーノルト。先ほどまでとは違い、目にみえるほどに膨れ上がった生命エネルギーを避ける事に成功する。しかし直接触れずともその拳圧だけでも相当な威力だ。骨が軋み、皮膚が割かれる。
それでもアーノルトは全く引かず、アスラの腹に強烈な蹴りを食らわせる。力を拳に集中させているせいか、蹴りは直接アスラに当たるが、それほどたいしたダメージは通っていない。そもそもの身体能力の差が違いすぎる。
「あの魔族の仕返しのつもりか? 残念だが虫に刺された程度のダメージだ」
「だがそれでも効かないわけでは無いようだな」
アーノルトの言葉にアスラの中に僅かながら怒りの感情が芽生える。
アスラの上半身を纏っていた布が全て弾け飛ぶ。その下からは鋼のような肉体が現れ、溢れんばかりのエネルギーが迸っている。
「もはや何も言うまい」
アスラは出し惜しみを止めた。アーノルトを敵として認め、それを排除するために全力を出した。
「神王アスラ、参る」
「アーノルト・レバー、抗わせてもらう!」
本当の戦いが始まる。