episode 517 「マリンVSアスラ」
「な、なんの音だよ!!」
突然響き渡る轟音、そして鳴り止まぬ地響きに声を上げるレックス。その原因を突き止めるため、急いで外に飛び出す。そこでレックスが目撃したのはまさにこの世の終焉だった。
「は……か……」
全く言葉にならない。続いて出てきたガイアやシオンも同様に唖然としている。
「じゅ、准将……あれってもしかして……」
「ああ。間違いなく魔族だ」
ヘルメスとの戦闘を思い出すガイアとシオン。確かに感覚はあの時と似ているが、この圧力はあの時とは比べ物にならない。
「ナルス少佐! すぐに近隣住民に避難を呼び掛けろ! ヴァルキリア中尉にも同様の指示を!」
「はい! 了解しました!」
シオンはガイアの指示通り直ぐに避難誘導を開始する。
「レックス、我々も避難だ!」
「お、おう」
煮え切らない返事をするレックス。何かを気にしている。
「何をしている! あれは我々が対抗できるレベルじゃない! まさに自然災害だ、逃げるしかない!」
「わかってる、けどアーノルトが! あいつは怪我をして……」
そこまで言って口を閉ざすレックス。
「……どういうことだ?」
ガイアに詰め寄られ、仕方なく三日前見たことを伝えるレックス。そして、それを聞いていたのはガイアだけではなかった。
「そんな……わたくしが」
自分がしてしまった事の重大さを改めて実感するセシル。ぎゅっと唇を噛み締めると終焉の方へ向かって走り始める。
「セシル! 待て!!」
「わたくしが探して参りますわ!」
止めるガイアに向かって振り向きながら叫ぶセシル。あっという間に見えなくなってしまう。
「クソッ! レックス、みんなを頼む」
「あんたはどうすんだよ!」
ガイアはレックスの肩を叩き、セシルを追いかけていく。
「必ず連れ戻す。セシルも、アーノルトも」
アスラの力を説明するのは難しい。彼の力はこの世には存在している何にも該当しないからだ。故に人々はアスラを神の中の王、神王として崇めている。他の神々とは異なり、アスラの加護を受けた人物というのは極少数しかおらず、そもそもそれがアスラの加護だということは受けた本人にしか証明するすべはない。そもそもアスラなど実在しないのではないかと疑う者すらいる。
お伽噺の中ではこの世の生物の頂点に立つと言われている存在、アスラ。その神が今、確かな肉体をもってマリンの前に立っている。
マリンはまず体を闇へと変化させていく。オルフェウスの力だ。アスラに対して有効かどうかはわからないが、少なくともこの肉体なら物理攻撃は無効化することができる。まずはこの力を使って様子見をするマリン。
(さて、アスラならばこの力にもやがては対応しうるだろう。だがそれまでにいくつかは力を見せてもらうぞ)
二千年間互いに牽制し合ってきた両者。だが直接的にぶつかり合うのは今回が初のことだった。そのため互いがどのような攻撃手段を持っているかすらよくわかっておらず、探り探りで戦いが進んでいく……筈だった。
「自惚れるなよ、魔族」
アスラはゆっくりと右手を引いていく。その右の拳には空気が、集まっていく。空気だけではない、その周りのエネルギー、命までもが拳に集約していく。その証拠にアスラの周りの草木は枯れ落ち、アスラの風景が黒く染まっていく。
「滅!!」
その拳を空中に漂うマリンに向けて突き出すアスラ。衝撃は一直線にマリンに向かって飛んでいき、闇となったマリンの体を突き抜く。単なる衝撃ではマリンに傷一つ負わせることはできない。だが、さまざまな命を集めて放ったアスラの攻撃はマリンの魂に直接ダメージを与える。
「かっ!」
生まれてはじめて悲鳴を上げるマリン。息が止まるほどのダメージがマリンを襲う。
(魂を直接握られているかのような感触… …肉体を……能力を維持できない!)
マリンはへなへなと地面に墜ちていく。急いでメイザースの力を使用して体力の回復を図るが、普段通りにうまくいかない。
「今の一撃でまだ動けるとはな……他の魔族の力を手に入れたのは本当らしい。だがその代償として怠惰の力を失ったというのもまた、本当のようだな」
アスラは周りの命を吸いながらマリンに向かって歩いてくる。先程の攻撃をまたするつもりなのか、アスラの全身には生命エネルギーが集まっていく。
「弱くなったな、マリン。貴様を殺した後はヨハンを見つけ、拘束させてもらう。これで魔女の復活は永遠に訪れない」
マリンの目の前に立つと、アスラは両方の拳を天高く掲げる。既に拳には生命エネルギーが集約しており、後は振り下ろすだけでマリンの生命活動を終わらせるほどの衝撃を産み出すことができる。この地の生命全ての命と引き換えに。
「去らばだ……最強の魔族よ。あの世でスサノオとアテナに詫びろ」
アスラは拳を振り下ろす。その時だった。
「おい」
たった一言の言葉。それだけだが、確かにアスラは気を引かれた。この世で最強の存在であり、また目の前のもと最強の存在に止めを刺そうとしている瞬間にも関わらず、捨て置くことができなかった。
後ろを振り返るアスラ。そこには今まで見たことがないほど怒り狂った一人の男が立っていた。
「馬鹿者! 逃げろ! お前の敵う相手では……!」
「関係ない」
現れた人物に向かって叫びかけるマリン。しかし男は一切聞き入れない。勝てないのはわかってる。ここで死ぬのもわかってる。だが、わかっていても関係ない。
「俺は貴女の同志だ」
アーノルトはクナイを両手に持ちながら、最強の神へと戦いを仕掛けた。