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スティールスマイル  作者: ガブ
第六章 神々との戦い
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episode 515 「たとえ世界を滅ぼすことになったとしても」

アーノルトの答えにセシルは一切期待してはいなかった。いや、正確には何を言われても信用などできなかった。殺したと言われればこのままペーパーナイフをアーノルトの肉体に突き刺す。もし殺してないと言われてもやはりナイフは突き刺すだろう。



アーノルトは沈黙している。セシルが何をしようとしているのかわかっているようだ。ならばなおさらセシルからナイフを取り上げるなどの処置を行うべきだが、アーノルトはそれすらしない。



「なぜ黙ってらっしゃるの!? 早く答えなさい!」



セシルはどんどん余裕がなくなっていく。親の仇かも知れない男が目の前にいるのだ、それも無理もない。


今ここでナイフを刺し込めば、アーノルトは受け入れるかもしれない。だが、セシルは真実を知りたかった。きっちりとこの男の口から真実を聞き、その上で仇を討ちたかった。




「それで、お前は報われるのか?」

「何を……!」




ようやく口を開いたアーノルト。望む答えが得られなかったセシルは怒りに震え、思わずペーパーナイフを食い込ませてしまう。ナイフはウィンターを切るときのような感覚で肉に食い込み、奥へと進んでしまう。傷口からは血が噴き出し、セシルの小さな手を赤く染めていく。



「ッ!!」



簡単に人の命を奪えてしまうという恐怖にかられ、ナイフから手を離すセシル。アーノルトはペーパーナイフを抜き、再び机の上へと戻す。



「人の命を奪う覚悟がお前にはない。その覚悟が出来たのなら真実を話そう」



アーノルトは、小さくうずくまり震えているセシルにそう告げると再び部屋を出ていく。


セシルは暫く立ち上がれなかった。どれだけぬぐい去ろうとしても手に残った嫌な感覚がとれない。改めて自らがどれだけ軽率なことをしようとしていたのかということを思い知らされる。



「セシル……」



リザベルトが駆け寄ろうとするが、ガイアがそれを止める。


「今はそっとしておこう。アーノルトもそれを望んでいるはずだ」


ガイアがそう言って、レックスをちらりと見る。レックスは小さく頷くと、アーノルトを追いかけて部屋を出ていく。


アーノルトはすぐ近くで倒れていた。急いで駆け寄るレックス。



「おい! しっかりしろ!」


近寄ってみてアーノルトの傷が予想よりも大きいことに気がつく。何か臓器を傷つけてしまったのかもしれない。


「だい、じょうぶだ……」


レックスがやって来たことに気がつくと、無理矢理体を起こし始めるアーノルト。



「バカ! 動くんじゃねぇよ!」


アーノルトが体を動かす度に大量の血液が傷口から流れていく。



「心配は無用だ。俺はここで死ぬわけにはいかない。あの少女に……背負わせたりはしない」



今にも死にそうだというのに、その気迫は些かも衰えてはいなかった。アーノルトのはレックスを振り切り、そのままどこかへ歩いていった。



その日、アーノルトは戻らなかった。そのまま二日、三日と時は過ぎていったが、やはりアーノルトは戻ってはこなかった。









「見て、いるのだろう?」



アーノルトは木陰に身を下ろしながら誰も居ない虚空に向かって問いかける。当然答えは返ってこない。それでもアーノルトは続ける。



「おそらく傷は腸まで達している。自然治癒は不可能だ」


アーノルトの傷は一向によくならない。それどころか膿んできている始末だ。



「報いだと言われてしまえばそれまでだ。それだけのことをしてきたのだから」



息づかいが小さくなっていく。命が消えていくのがよく分かる。



「せめて、最期に教えては貰えないだろうか。なぜ、俺に本当のことを話してくれなかったのか……」



最後の声を振り絞って問いかけるが、返ってくるのは静寂のみ。自分は一体何をやっているのだろう、そう思いながら目を閉じる。


今度生まれ変わることができたなら、自分はどんな人生を歩むのだろう。また悪の道に進むのか、それとも聖者にでもなれるのか。どちらにせよ人は死ぬ。だからどんな結末が待っていても、また会いたい。




「去らばだ……マリン」




木陰で最強の殺し屋は静かに冷たくなっていく。










「眠るのはまだ早いぞ? アーノルト」





待ち望んだ声がする。以前より少し甲高い気もするが、それは紛れもなくマリンの声だった。死に際の幻聴に心が癒されていくアーノルト。だがその気配までもが感じられると流石に目を開けずにはいられない。




「幻……ではないようだな」

「当然だ。この私は私本人であり、お前のよく知る私そのものだ」




そこにマリンは立っていた。外見はなぜか14、5歳くらいに若返っていたが、そんなことはどうでもいい。



マリンは死にかけのアーノルトの姿をまじまじと見つめる。


「強くなったな。一つ壁を越えたか。だというのにこんなところで立ち止まるつもりか?」

「世界を滅ぼそうとしている魔族が良く言う。やつらは気づいていないようだが、世界は貴女には勝てない。どのみちこの世は終わりだ」



再び目を閉じるアーノルト。マリンに会えたことで満足したのか、絶望的な言動とは裏腹にとても安らかな顔をしている。




「魔族になれ、アーノルト。そうすれば命は助かる」




そう言うとマリンは自らの人差し指を噛み、そこから血を流しはじめる。



「啜れ。そうすればお前はコマではなく私の同志となる」

「いまさら生に執着など無い。世界を敵にまわせと?」



アーノルトは眠らせてくれと言わんばかりにマリンの誘いを断る。




「お前は根本的に何か勘違いしているようだ。そもそも私の目的は世界を滅ぼすことでも、無論母である魔女を復活させることでもない」



マリンは小さくなった体でアーノルトの前に立つ。



「何を今さら……戯れ言が過ぎる」


アーノルトは心が動かされている事にも気がつかず、未だ反抗の態度を見せる。




「私の目的はただ一つ。私に生を与え、生き地獄を味わわせた母をこの手で殺す。それだけだ」




マリンの血がアーノルトに付着していく。その暖かさに目を開けるアーノルト。


「魔女を殺す? 今そう言ったのか?」

「耳はまだ聞こえているようだな。なら言い方を変えよう」



アーノルトの質問には答えず、話を続けるマリン。




「私と共に来い、私と共に進め、私と共に生きろ」



指をアーノルトに近づけていく。



「そうすれば、お前をどこまでも連れていってやる」




アーノルトは閉じかけていた目を見開く。それはアーノルトが以前からずっと聞きたかった言葉だった。憧れだったマリンの隣を並んで歩きたい、それが彼の目標であり、たった一つの望みだった。



差し出された指を拒む理由はもうどこにもない。たとえマリンのいっている目的とやらが嘘だったとしても、たとえ世界を敵に回すことになり、滅ぼすことになったとしても、世界の全てが死に絶えたとしても、自分が死ぬその瞬間まで隣にマリンが居れば、それでいい。




「御意」




アーノルトはそう一言マリンに告げ、マリンの指に齧り付いた。











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