episode 514 「シオンとロミー」
セシルはゆっくりと目を覚ました。記憶が曖昧で、いつ寝てしまったかも覚えていない。なにか恐ろしい夢を見た気もするが、今は全く思い出せない。
「お夕飯の準備をしなければ……」
くらくらする。それでも必死に立ち上がるセシル。自分では食料を調達することも戦うこともできない。食事はお金さえ払えば宿側が用意してくれるのだが、自分も皆の役に立ちたいとセシルが用意すると決めていた。
ふらふらと夕食の準備をしようとするセシル。だがそこには既に処置を終えた食材があり、居ない筈のシオンとリザベルトの姿もあった。
「も、申し訳ありませんでした。わたくし、自分ですると言っておきながら……」
ずいぶんと長い昼寝をしてしまったなと反省するセシル。しかしふと空を見るとまだ明るい。頭がこんがらがっていく。体の疲労感、空腹感からして時間が経っているのは確実だ。
「セシルちゃん! 良かった、セシルちゃん三日も眠ってたんだよ?」
シオンが駆け寄ってきてセシルの腕を握りしめる。三日という時間を聞いて驚愕するセシル。
「三日? 今三日と仰ったの!?」
リザベルトもコップに注いだ水をもってセシルの方へ歩いてくる。
「ああ、そうだ。何があったか覚えていないのか?」
リザベルトが質問する。確かに何かとてつもない衝撃を受けたような気はする。だが頭にもやがかかったように一向に思い出せない。
「無理に思い出す必要は無い。今はとにかく食事にしよう」
別の部屋から騒ぎを聞き付けてガイアが顔を覗かせる。その後ろにはパーシアスとリラの姿もある。
「あなた方まで……それじゃあレイアやゼロや……オイゲンも!!」
期待に胸を膨らませるセシルだったが、ガイアの表情からしてそれはないとすぐに悟る。
「すまないがゼロたちとは行き違いになってしまったようだ。オイゲン……というのはあの時組織に居た人物だね。こちらもすまないがなんの情報も無い」
言葉として情報を聞くことで、更に落ち込むセシル。
「いえ、あなたが謝ることではないですわ。それよりわたくし、お腹が空いてますの。お言葉に甘えていただくとしますわ」
セシルは無理に笑顔を作って食卓へと向かう。料理にはそとんど手がつけられておらず不思議に思っていたセシルだったが、一口食べてみてその理由が判明する。
「どう? 私が作ってみたんだけど?」
シオンがキラキラした目でセシルの感想を待っている。セシルはその独特とした食感と味のするものを勢いよく飲み込み、無理矢理笑顔を作る。
「ありがとう。心に染みますわ」
「わぁ! ありがとう! みんなお腹一杯みたいだからたくさん食べてね!」
どこに隠してあったのか、シオンは次から次へと料理を運んでくる。セシルは笑いをこらえているガイアを横目で睨み付けながらシオンの料理を口に運んでいく。
食べられないほど不味いというわけではないが、自分は今何を食べさせられているのだろうと考えずにはいられない独特な料理だ。ここでお腹一杯だと言えばきっと抜け出せる。他の皆の様子からして無理矢理口に流し込まれるということも無いだろう。
だが、そうなった場合、ここにある大量の料理はどうなるのだろうか。おそらく廃棄される。シオンの気持ちと共に。
(そんなこと、絶対させませんわ!)
意地で食べ進めるセシル。しかしもともとそれほど食べる方ではないセシルの胃袋はすぐに己の限界を告げる。
(うっぷ。もう、食べられませんわ……)
目の前にはこちらを見守るシオンの目。そして流石に心配になってきたガイアの目。そこへ救いに入るようにレックスとロミーが姿を現す。
「おっ! 起きたか! 俺はレックス、よろし」
「ご飯だぁ!!」
セシルに自己紹介するレックス。そしてそのレックスが挨拶を終えるよりも早く食卓に突撃するロミー。手を合わせるとばくばくと食べ進めていく。
「わ、わたくしはセシル・アルバートですわ」
ロミーの勢いに少し動揺しながらレックスに自己紹介するセシル。
「わたひはロミーだよ!!」
食べかすを撒き散らしながらしゃべるロミー。そのロミーの食べっぷりに目を煌めかせるシオン。
「すっごーい! 嬉しいな! あれ? どこかで……」
ロミーの顔を見て何かを思い出すシオン。ロミーはあっという間に食卓の上の料理を平らげ、シオンの方へ歩いていく。
「久しぶりシオン! ごめんね挨拶が遅れちゃって」
ロミーは拳をシオンに向けて差し出す。
「やっぱりロミーさん! びっくりだよ!」
ロミーの風貌がシオンの知る頃とは変わっていたため、ここへ来た頃は気付く事ができなかった。が、声とその態度を見て間違いなくロミーだと確信するシオン。シオンはロミーの拳に応えるようにして自らの拳を合わせる。
「また強くなったね、わかるよ。今度手合わせしよう」
「はい! 氷牙の真髄、お見せします!」
盛り上がるシオンとロミー。しかしレックスとロミーが戻ってきたということは、同時にアーノルトも戻ってきたということだ。
アーノルトは部屋の外で待機していた。セシルが目を覚ましたと察知したからだ。そしてアーノルトが来たということは、セシルも何となく感じとる。
「外にいらっしゃる方はどなたですの?」
レックスに尋ねるセシル。レックスは言葉に詰まってしまう。三日前セシルが倒れているのはこの目で見ている。それになぜ倒れたのかもそれとなくアーノルトから聞き出した。真実をありのまま伝えればきっとまたセシルは気絶してしまうだろう。
「あ、ああそれはな……」
レックスが言葉を濁していると、アーノルトが自ら進んで部屋へと入っていく。
「俺の名はアーノルト・レバー。元組織の殺し屋だ。そしてお前とお前の屋敷の人間を抹殺する指令を受けた」
アーノルトは包み隠さず真実をセシルに伝える。セシルの怯えようは尋常ではなかったが気絶にまでは至らず、何かを掴んだような顔をしている。
「ようやくもやがとれましたわ。わたくしは貴方に会って意識を失ったのですわね」
セシルはゆっくりとアーノルトに近づいていく。その途中、テーブルに置いてあったペーパーナイフを手に取る。
「セシル! 止めるんだ!」
リザベルトが急いで止めようとするものの、セシルはもうアーノルトの目の前で近づいていた。
ペーパーナイフをアーノルトの腹に当てるセシル。細長いペーパーナイフはアーノルトの鎖かたびらの隙間にちょうど入り込み、後少し力を込めれば肉体に食い込むだろう。
そして一番重要な( ・ω・)∩シツモーンをアーノルトに投げ掛ける。
「答えなさい。貴方はお父様とお母様を殺したの?」