episode 52 「神のご加護」
三人は一晩を共に過ごしたことですっかり仲良くなっていた。
イシュタルを出し抜く計画をたてる。
「正直言って元帥に隙や弱点はありません。作戦成功は不可能に近いです。ですが、可能性はゼロではありません。」
拳を力強く握りしめるリース。
「まず元帥に顔を知られていない私が偵察に向かいます。何とかして元帥につけ入ります。お二人はここで待っていてください。」
「一人で大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。むしろ一人でないと為し得ない作戦です。」
そう言ってリースは宿を出ていった。
ああは言ってみたものの、内心リースは不安に押し潰されそうになっていた。曹長のリースにとって元帥など正に雲の上の存在だ。慣れ親しんだローズでさえも緊張で胸が張り裂けそうになるというのに、元帥と顔を合わせ言葉をかわせばどうなるかなど想像もつかない。だがやるしかない。レイアのため、ケイトのため、そして何より自分のために。
イシュタルの小屋のドアを叩くリース。ほどなくして本人が顔を表す。その目を見たとたん、リースは思い知らされた。
ああ、私はなんと愚かだったのだろう。
全てを支配する者の目。この男とどう戦えばいいのか。可能性はゼロではない?いや、ゼロだ。
イシュタルはただ一言言い捨てて扉を閉める。
「去ね。」
リースの戦意を喪失させるのには十分な言葉だった。
戻ってきたリースの顔を見て作戦の失敗を悟る二人。
「申し訳ありません、言葉を交わすことすらできませんでした。」
うなだれるリースの肩を優しく支えるレイア。
「気になさらないでください。怪我がなくてよかったです。」
リースの無事を喜ぶレイアであったが、それと同時に改めてこの作戦の無謀さを再認識させられる。
「ローズにも協力をお願いできないでしょうか?ローズならあのおじいさんも、お話を聞いてくださるのではないでしょうか?」
レイアの提案にリースは首を振る。
「それは難しいです。そもそも瀕死のゼロさんをイシュタル元帥に診せたのはローズ大佐なのです。その際元帥はゼロさんに非常に興味をお持ちになられまして、自分の弟子とするのと引き換えにゼロさんの看病を引き受けたのです。」
「看病って、あのおじいさん、医者なの?」
ケイトが不思議そうに尋ねる。
「医者ではありません。ですが元帥には不思議な力があるのです。説明のつかない不思議な力が。」
リースのその言葉を聞いて二人はフェンリーの事を思い出す。
「何でも元帥には十闘神の加護があるとか。」
「じゅっとうしん?」
聞きなれない言葉に戸惑うレイア。ケイトも同様の反応をしている。
「ご存じないのですか?かつてこの世界を創ったとされる神々のことです。伝説ではこの神々に魅入られた者は、生まれながらにして魔術めいた力を手にするそうです。」
「そ、そんな神様が存在していたのですか!?」
「あくまでもこれは伝説です。ですが、イシュタル元帥に不思議な力があるのは事実です。元帥だけではなく、軍には他にも何人かそういった不思議な力の持ち主が確かに存在しています。」
初耳だった。確かにフェンリーの力は説明のつくものではなかった。だが十闘神なる神が存在しているなどと、簡単には信じることができなかった。
「元帥と目を合わせて理解しました。人の形はしているけれどこれは別の何かだと。・・・言いにくいのですが、諦めた方がいいと思います。」
リースは既に戦意喪失していた。この話をすればレイア達もきっと諦めるはずだと思っていた。だが、レイアの顔はそんな風には見えなかった。
「神のご加護。とんでもない話ですが、あのおじいさんの凄まじさを実際に見てしまったわたくしからすれば、確かにそうかもしれませんね。神に普通の人間が太刀打ちできるはずもありません。」
悲観的な話をしているというのに口調は軽やかで明るい顔のレイア。
「なら、こちらも加護を受けた人間に頼めばいいのです。」
ピンと来ないリースとピンと来てしまうケイト。
「レイア、ま、まさか。」
そわそわするケイト。悪い予感は的中する。
「そのまさかです、フェンリーさんを訪ねましょう!」




