episode 512 「マークの覚悟」
絶望に打ちひしがれながらも、マークは兄を支えると決めた。
確かに怖い。魔族が怖い。力になれない自分自身が怖い。そのせいでガイアが死ぬのが怖い。
だが、自分の知らないところで兄が知らない連中と戦い、そしてその事実を知っていながら見過ごすことの方がよっぽど怖い。
単純な事だった。どうあがいても怖いのなら、兄のそばで怖がりたい、そう思った。
「覚悟は決まっている。だがら俺を、連れて行って欲しい」
マークの顔はもう変わっていた。恐れていないわけではない。だが、もう絶望はしていなかった。希望を手にいれようとしていた。
「もう、断る理由は無いようだな」
ゼロはマークに手を差し出す。マークはその手をとり、立ち上がる。
「後悔はしないんだな?」
ローズがやはりまだ心配そうな顔でマークに尋ねる。
「はい。ついていかなければ後悔します」
マークの覚悟のこもった目にローズは言葉を失ってしまう。そんなローズの肩に手を置くワルター。
「俺たちだって大したことは出来ない。彼の覚悟、汲み取ってあげようじゃないか」
「フェンサー大佐……」
ローズは再び黙った後、腰に帯刀していた剣をマークに差し出す。
「覚悟があるのなら、これを君に託す。私よりも君の方が扱えるはずだ」
「大佐……これは!?」
渡されたのは長年イシュタルが手にしていた剣だった。その後ジャンヌの手へと渡り、ガイアも手にしたことがあった。そして今、その剣はローズからマークへと託される。
神と魔を断つことのできる唯一の剣、エクスカリバー。その伝説の剣がマークの鞘へと収まっていく。
「これを……俺が扱えるのでしょうか」
大きすぎる重圧に飲み込まれそうになるマーク。
「扱ってもらわねば困る。第一君は既に一本七聖剣を使いこなしているじゃないか」
「それは……そうですが」
マークの背中には現在、二本の七聖剣がある。一本はエクスカリバー、そしてもう一本はウォーパルン。実体の無い水剣だ。帝国六将軍に選ばれた際、軍より支給されたもので、それ以来マークはウォーパルンを使い続けてきた。今では手足のように馴染むが、エクスカリバーは違う。剣自体が持ち主を見定めているかのようにすら感じる。
(重い……俺には荷が重すぎる)
だが、今の使い手はマークなのだ。イシュタルもジャンヌももう居ない。ガイアではエクスカリバーとの相性が悪すぎる。今この世界でエクスカリバーを選んだ、いや、エクスカリバーに選ばれたのはマークなのだ。
「要らないのなら俺が貰おうか? 二刀流というのには少し興味があるんだ」
ワルターが物欲しそうな目でエクスカリバーを見ている。戦闘狂であるワルターにとっても、イシュタルやジャンヌが使っていたというだけでエクスカリバーは重要な剣だ。リースの剣を持っていなければ力ずくでも奪いたい。
「それはできません、フェンサー大佐。これは、俺に託されたのですから」
きっぱりと言い放つマーク。重圧はある、だが誰にも渡す気はない。
「そうかい」
ワルターはそう言うとマークから距離をとる。
「フェンサー大佐?」
不思議そうな声を出すマーク。ワルターからは闘気のようなものが溢れていた。明らかに様子がおかしい。まるで今から敵と戦うかのようだ。そこでマークは思い出す。ワルターが強敵との戦闘を何よりも生き甲斐にしていることを。
(俺を強者として認めてくれたというわけか)
マークも背中の剣に手をかける。その不穏な空気はもちろんローズやフェンリーにも伝わる。
「フェンサー大佐! こんなところで抜刀するきか!?」
「やめとけやワルター! 仲間同士で戦ってどうするんだよ!」
ローズとフェンリーが叫んでいるが、もうワルターの耳には届かない。
「ゼロさん、止めなくても良いのですか?」
レイアが不安そうに二人の様子を見つめている。
「二人を信じよう」
ゼロは手出しをせず、二人を観察する。殺気は出ていない、殺し合いになることは無いだろう。
「俺はね、元帥や中将、もちろん君の兄とも戦うことを楽しみにしていたんだよ。その聖剣エクスカリバーをどう攻略しようか日々考えていた。君の修行に付き合ってあげるんだ、俺のシミュレーションにも付き合ってもらうよ?」
ワルターは剣を抜くなり、マークに向かって雷撃を放つ。とても目では追いきれないスピードだが、マークの体は反応し、右手で抜いたエクスカリバーがその雷撃を無効化する。
だが当然、ワルターも無効化される事くらい承知の上だ。マークが雷撃に気をとられている隙に一気に距離を詰めるワルター。
「その剣は確かに凄いさ。俺も喉から手が出るほど欲しかった。でもね、今は挑む方がよっぽど面白いことに気付いてしまったんだ」
ゼロ距離から雷撃を纏いながら斬りつけるワルター。何とか攻撃は防いだものの、マークの体は大きく投げ出されてしまう。
「くっ!」
「俺の雷撃と君のウォーパルンでは相性が悪すぎる。だから君はそのエクスカリバーで受けるしか無いわけだ。たしかに雷撃は君には届かないけれど、衝撃までは無効化出来ないだろう?」
ワルターは飛ばされるマークを追いかけ、そのがら空きの腹に鋭い蹴りを放つ。
「かはっ!」
苦痛に表情を歪めながら地面に叩きつけられるマーク。
「ハハ! 立ちなよ! レオグールの血……俺に見せてくれ!!」
ワルターの瞳孔は完全に開ききり、マークとの戦闘を心底楽しんでいるようだ。
「ゼロさん……本当に大丈夫なのですよね?」
「……信じよう」
レイアの不安は更に増し、それを見ているゼロですら不安になってくる。
「ローズ、いざとなったら三人で取り押さえるぞ」
「ああ、わかっている」
フェンリーとローズも固唾を飲んで戦況を見守る。そんな仲間の心配など一切気にせず、再びワルターはマークに飛び掛かっていった。