episode 510 「あの日の記憶」
アーノルトは倒れた少女が誰であるか、直ぐに理解した。以前組織から送られてきた資料にその写真と顔が記されていたからだ。
「ちょっといきなりどうしたっていうのよ!? パーシアス、直ぐにベッドに運んで!」
「了解した」
パーシアスがリラの指示通りセシルを運ぶ。レックスも慌ててなにか手伝えることは無いかとあたふたしている。
「とりあえずこれでしょ」
そう言ってロミーはレックスに氷のうを渡す。
「お、おう! さんきゅ!」
それを受けとるとレックスは急いでパーシアスを追いかけた。
どたばたとする室内の中、ガイアはじっとアーノルトの様子を観察していた。
「アーノルト、お前はこの子が誰なのか知っているんじゃないか?」
アーノルトはガイアの質問に対して、ゆっくりと口を開き始めた。
「セシル……アルバート。最早いまさら誰が現れようと驚くことは無いと思っていたのだが、これには少々驚いた」
セシルの両親は実に聡明で正義感に溢れる人物たちだった。裏の世界に君臨する組織についてもその存在を把握しており、組織にとってもアルバート家は目障りな存在だった。
そこで組織は最強の殺し屋であるアーノルトに暗殺の指令を出したのだ。確実にアルバート家を滅ぼすために。アーノルトは指令通り直ぐにアルバートの屋敷へと向かった。しかし、そこに待っていたのは思いもしない光景だった。
アーノルトが到着したとき既に、アルバート家は滅亡していた。建物は滅茶苦茶に破壊されて何とか原型をとどめている程度、そこで働いていたであろう使用人たちは皆殺しにされていた。そしてアルバート家当主、レイス・アルバート、並びにその妻であるミーネ・アルバートも何者かに殺害されていた。
(この俺以外に指令を受けていた者が居た? いや……それは無い筈だが)
謎は解決しないが、とにかくアーノルトは抹殺すべき人物のリストと死体を照合していく。ぐちゃぐちゃになってしまい、誰だかわからない人物の死体も存在していたが、明らかに居ないと思われるのはただ一人、アルバート家の一人娘であるセシル・アルバートだ。
アーノルトはことの顛末をエクシルに報告した。エクシルも初めは驚いていたが、直ぐに何か心当たりがありそうな間が流れ、指令は取り消された。
そのセシルが今、アーノルトの前で倒れている。
「この女はかつて俺が殺しの指令を受けた女だ。だが指令は取り消され、またこの女とも接触はしていない」
ベッドに寝かされているセシルを不思議そうな目で見つめながらガイアに説明するアーノルト。
「そうか……確かに殺し屋という職業上、そういったことはあるとは思っていたが、まさかこんな身近にあったとはな」
ガイアが腕を組んで感想を述べていると、背後の扉が勢いよく開く。
「たっだいまぁ!! セシルちゃん、ごはんできてる?」
「ナルス少佐、少し落ち着いて……」
現れたのは出掛けていたシオンとリザベルト、それにヴィクトルとシェイクだった。
「ってガイア准将!? あれ、どうしたの!?」
「ガイアだと?」
直ぐにガイアの存在に気がつくシオン。その名を聞いたヴィクトルはシオンの後ろから顔を覗かせ、ガイアの存在を目視する。リザベルトは慌てて身なりを整え、ガイアに敬礼する。
「レオグール・准将殿! ご無沙汰しております!」
「そうかしこまらなくていい、それよりもセシルが……」
ガイアは皆をセシルのもとに案内し、成り行きを説明する。
「なるほどな。てっきりそこの軍人が何かしでかしたのかと思ったのだがな」
ヴィクトルは早速ガイアに対して敵意をむき出しにする。シェイクは空気を読んではいるが、なにも感じていないわけではなさそうだ。
「ちょっとあなたたち、何があったか知らないけど今はいがみ合ってる場合じゃないわ。とにかくアーノルト、あなたはどこかへ身を隠していて。セシルが目覚める度に倒れたら大変だから」
リラはヴィクトルとシェイクに注意し、アーノルトの退席を促す。
「む、しかし、この男は我々の仲間を……」
「あら、あの時はガイアの安否を心配していなかったかしら?」
前回ここを訪れた時、確かにヴィクトルはガイアが居ないことについて質問をしていた。それを指摘されたヴィクトルは急に態度がおかしくなり、シェイクを連れてどこかへと飛び出していってしまう。
「か、勘違いしてもらったら困るのだ! 行くのだシェイク!」
「ちょっとリーダー! 」
追いかけようかとも考えたガイアだったが、今はそっとしておくことにした。
「では俺もしばらくは外に出ていよう」
アーノルトがリラに言われた通りに退席していく。
「ちょっと、あなたたちも付いていってあげて。どうせ暇しているでしょ?」
手持ち無沙汰にしているレックスとロミーに声をかけるリラ。
「ん。ああ。そうだな」
「一緒に散歩しようか!」
レックスとロミーもアーノルトを追いかけて飛び出していく。
その頃、パルテノンを目指すゼロたちの前にも思いもよらない人物が姿を現していた。
「お前は……あの時の……」
「まさか、ゼロ……? 聞きたいことがある!」
現れた男はボロボロの服を身に纏いながら駆け寄ってきた。