番外編 「嘘をついてもいい日」
「ゼロさん、今日は嘘をついてもいい日だそうです」
とある日、宿に宿泊していたゼロたち。ゼロが起きてみると、レイアが嬉しそうに話しかけてきた。
「突然どうしたんだ」
ゼロはまだ夢でも見ているのかと疑うが、あの眩しい笑顔は間違いなく本物だ。
「ですから、今日は嘘をつきたいと思います!」
謎の宣言をするレイア。今まで嘘をつくのは、特別な状況を除いて悪いことだと考えていたレイア。先日ケイトから嘘をついてもいい日があるということを教わり、今日という日を心待にしていたのだ。
「ゼロさん、実はわたくし男性だったのです!」
突拍子もないことを言い出すレイア。ゼロはどう反応したらいいのか分からず、じっとその場で立ち尽くしてしまう。しかしレイアは何かしらの反応を期待しているようで、キラキラした目でこちらを見つめている。
(嘘というにはあまりに稚拙……だがレイアはこの状況を楽しんでいる。ここで俺が素っ気ない態度を見せるわけには……)
葛藤するゼロ。何が正解なのか全くわからない。だが、ここで無視することだけは絶対にしてはならないとはわかる。
「本当か!?」
「嘘です!」
わざとらしいながらも必死にリアクションするゼロ。レイアは待ってましたと言わんばかりに種明かしをする。やりたいことができたレイアは、ルンルンとスキップをしながらゼロの前から姿を消す。
(このやり取りが今日一日中続くというのか……)
がっくりとうなだれるゼロ。
嘘をつきなれていないレイアの嘘はなんとももどかしいものだった。ゼロだけでなく、出会う人々全てに嘘をつき続けるレイア。町の人々は始め微笑ましい顔でその行為を許容していたが、次第に疲労していき、だんだんと苛立ち始めていた。それでもあの嘘の無い笑顔を見ると全てを許してしまうのだった。
レイアが嘘を楽しむ中、ただ一人だけは冷や汗を流しながらその光景を恐れながら眺めていた。
(ま、まずい……)
影の正体はこの日の事を教えたケイトだった。ケイトは以前おばあちゃんから嘘をついてもいい日があると教わっており、それをレイアにも伝えた。だがそれを伝えたのは嘘をついてもいい日当日であり、また伝えた日にちこそが嘘だったのだ。どのような嘘をついたらいいかわからなかったため、一番ついてはいけない嘘をついてしまった。おまけにねたばらしをするのを忘れてしまったため、レイアはそれを信じてしまった。
(いまさら、嘘だなんて、言えない)
冷や汗を流しまくるケイト。そこでおばあちゃんの話を思い出す。
「この文化はね、まあちふうるといってね、私が子供の頃は毎年面白おかしく騒いだもんだ。だけど最近はめっきりやらなくなってね、だからその日になっても面白おかしく騒いではいけないよ」
「はーい」
確かに町の人の反応を見る限り、えいぷりいるふうるの存在を知っている人はいなさそうだ。それならそれでレイアの行動は怪奇でしかないが……ともかく、知る人がいないなら、これを本当にしてしまえばいい、黙っていれば嘘ですらなくなる、そう考えるケイト。
(完璧。そう、今日はケイトデー)
などとわけのわからない妄想にふける。
日が傾き始めてもレイアの嘘は止まらなかった。そして物怖じしないレイアはどんな相手にでも嘘をつき続けた。
「わたくし、本当は男性なのです!」
例のごとくバレバレの嘘を通行人に対して吐くレイア。
「あ? どう見ても女だろ」
「はい、嘘です!」
通行人にねたばらしし、その場を立ち去ろうとしたレイア。しかし通行人はレイアが目の前を去るのを許さず、彼女の腕をつかむ。
「こんな白くて柔らかい腕が男のものだって? 本当かどうか確かめねぇとなぁ?」
下卑た目付きでレイアをじろじろと見る男。
「え、ですから嘘です。わたくしは女です」
「本当か? なら確かめねぇとなぁ!」
レイアの服に手をかける男。が、後方からの強烈な殺気に体が動かなくなる。
「貴様が今やろうとしている行為……それは嘘なのだろう?」
「え……うそ? なに……」
続いて聞こえてくる声に動揺しまくる男。
「嘘でなければ俺は今ここで貴様を殺さなければならないが?」
「ひぃ! 嘘です! 嘘ですぅ! ごめんなさぁい!」
レイアから手を離し、どこかへと逃げ出す男。ゼロは銃をしまい、震えるレイアに寄り添う。
「ぜ、ゼロさん……」
「ほどほどにな」
ゼロに抱きつくレイア。
「ごめんなさい! もう嘘はつきません!」
「それは嘘ではないな?」
ゼロの言葉に少し考えるレイア。今日初めてついた嘘、ゼロに対しての嘘。あの時のゼロの反応を思い出すと可笑しくて笑ってしまう。
「ふふ」
「まったく……」
ゼロはレイアの手を引いて宿へと帰っていく。
レイアが嘘をついて町を回ったせいか、それ以来この町では年に一回嘘をついてもいい日というのが誕生した。以後何世紀にも渡って伝わるのだが、その始まりがたった一人の少女の嘘だったということは誰も知らない。