episode 508 「寂しそうな笑顔」
アカネの必死の説得により、隊長の殺害は免れた。
「いいか? 貴様はいつでも殺してやる。それを覚えておけ」
ゼロは隊長に釘を刺し、村を出ていく。
「教会まで送っていこう」
ゼロは優しくアカネの肩を叩く。
「……ありがと」
ゼロの体にもたれ掛かるアカネ。レイアが居たらとてもこんなことは出来ない。
(すこしくらい甘えても罰あたんねぇよな)
アカネは最高に幸せだった。絶望と恐怖のどん底にいたのが嘘のようだ。あれほどにまで憧れていたゼロに助けられ、そのゼロは自分のために怒り、人まで殺そうとした。喜ばしい行動ではないが、そこまで自分の事を考えてくれていることは素直に嬉しい。
「ゼロ、いいのか? 浮気なんかして」
ジャックが隣からとんでもないことを言い出す。
「誰だよてめぇは」
急に不機嫌になるアカネ。ジャックを敵意むき出しで睨み付ける。
「おっかねぇ女だな」
アカネの反応に怯え、距離をとるジャック。
「ああ、クイーンそっくりだな」
「ぜんぜん違うだろ!!」
ニヤリとするフェンリーに叫ぶジャック。
「そういえばレイアはどうしたんだよ」
心配そうに尋ねるアカネ。ゼロがレイアを大切に思っているのは、初めて会った時から泣くほど思い知らされている。そのレイアが居ないというのにゼロに慌てた様子はない。
「レイアは俺の他の仲間の面倒を見ている。薬を盛られて眠ってしまっていてな」
さらっと答えるゼロ。
「それは大変じゃんか! 早くそっちに行こうぜ。アタシの薬なら直ぐに治せるぜ?」
「本当か!?」
アカネの手をとるゼロ。本当はそうしてもらいたかったのだが、アカネの体調をかんがみて断念していたのだ。まさかアカネの方から申し出てくれるとは思っていなかった。いきなり手を掴まれたアカネは今にも顔が爆発してしまいそうだ。
「ほ、本当だよ……アタシはゼロの役にたちたいんだ」
「感謝する」
足早にアカネを村へ案内するゼロ。その様子をジャックとフェンリーは気の毒そうに後ろから眺めている。
「ゼロって残酷だよな」
「ああ、きっとあのアカネって娘もわかってんだぜ?」
決して叶わない恋心を抱くアカネ。それでもアカネはゼロとゼロたちの力になりたかった。
村へと到着したゼロたち。入り口ではルーチェが出迎えてくれていた。何をしに行っていたのかは聞いていなかったため、知らない女性が増えていることに違和感を感じている。
「また女の子を連れてる。レイアに誤解されたらどうするの?」
「誤解? レイアに限ってそれはない」
ルーチェの囁きに自信満々に答えるゼロ。どうだか、そう思うルーチェだったが、二人の姿を見たレイアの反応を受けてそれは間違いだったことに気がついた。
「アカネさん! まさか解毒剤というのは……」
最悪の予想を頭の中で展開させるレイア。
「久しぶり。まぁ、そんなところだよ」
アカネの返事を聞いて落ち込むレイア。ルーチェの考えていた色恋ざたなどレイアからは一切感じられなかった。ルーチェは自分の卑しさに嫌気がさす。
「とにかく案内してくれよ。その眠ってる仲間のところに」
「はい!」
レイアは元気よく返事をする。
アカネはゼロに背中を向けながらこそこそと何かをしている。ゼロ以外はアカネが何をしているのかわかっているようで、ゼロにその行為を見せまいと必死になってアカネをフォローする。特にレイアの力のいれようはすさまじく、ゼロが少しでもアカネの方を向こうとしたならば全力でそれを止めさせる。
「ゼロさん! 少しはデリカシーをもってください!」
「む、すまない」
訳が分からないが、とりあえず謝るゼロ。レイアがここまで怒るのはそう滅多にない。
「う、準備できたよ」
少し苦しそうに振り返るアカネ。手には例の小瓶ではなく、直接液体が入っている。それを眠っているワルターとクイーンに順番に飲ませていく。するとあれほど深い眠りに落ちていた二人があっという間に目を覚ました。
「ふぁぁあ! よく寝た。あれ? みんなしてどうしたんだい?」
全く記憶が無いワルターがとても気持ちよく目覚める。
「全くのんきなやつだぜ!」
フェンリーが勢いよくワルターの肩を叩く。
「騒がしいわね、一体何事?」
「クイーン!!」
目を擦りながら目覚めるクイーンに抱きつくジャック。
「ん? んん!? あんたなにしてんのよ!!」
いきなり抱きついてきたジャックを蹴り飛ばすクイーン。
「はは、それだけ元気ならもう大丈夫だな」
蹴られた腹をさすりながら笑顔を浮かべるジャック。
「目覚めたのか! 良かった」
騒がしくしているとローズとケイトが戻ってきた。
「ローズ! 君が看病していてくれたんだろう?」
ローズを一目みるなりワルターが近寄ってくる。
「ん、ああ。心配したぞ」
ローズがそう答えるなか、その隣でケイトが小さく咳払いする。
「やあケイトじゃないか! てっきり死んだと思っていたよ!」
誰もが思っていながらも口にするのを拒んでいた言葉を簡単に発するワルター。ケイトは少し不機嫌な顔になるも、それこそワルターだと手を差し出す。
「ともかく無事で良かったよ」
「うん」
二人は再会の握手を交わす。
「それじゃあアタシはそろそろ帰るよ。カズマが心配してるといけないからさ」
名残惜しそうに話を切り出すアカネ。自分がこの輪の中に加われたらどれだけ幸せかと考える。だが今はゼロが幸せそうというだけで満足だった。
「送っていこう」
ゼロの甘い囁きに首を横に振るアカネ。
「嬉しいけど、やることがあるんだろ? アタシは大丈夫だ!」
精一杯強がるアカネ。自分のわがままでゼロの邪魔はしたくない。
「ならせめて私の部下に送らせよう」
ローズの申し出を快く受けるアカネ。部下の兵士に送られながらこちらに向かって手を振るアカネ。笑顔を浮かべていたが、その顔はとても寂しそうだった。