episode 504 「左手の傷」
レイアの件で牢獄に入れられた兵士。牢獄はとても頑丈で、そう簡単には破れそうにない。牢獄の中に入れられてもなお手足を縛られており、身動きをとるのも一苦労だ。
(レイアか……大尉へのいい貢ぎ物を見つけたというのに、まさかゼロがあれほどの存在だったとは)
不適な笑みを浮かべる兵士。
(だがまぁいい。俺はまだ生きている。なんとしてでもここを抜け出して、一度大尉に報告を……)
牢獄で考えを巡らせる兵士。その考えを乱すかのように足音が聞こえてくる。
「なんだ? 食事の時間には早いが?」
兵士が声をかけるも返事は返ってこない。
ここには兵士以外は捕らえられていない。つまりこの足音は間違いなく自分に用があってここを訪れたのだ。相手が隊長の部下、もしくは隊長本人だとするならばこちらの問いかけに何かしらの反応は示すだろう。それがないということは、この足音の人物の心当たりは一人しか居なかった。
「ゼロ……」
闇の中から影が現れる。それは予想通りゼロの影だった。ゼロは既に銃を構えていた。
ひんやりとする牢獄ではあるが、それ以上にゼロの殺気に背筋が凍る。間違いなくゼロは自分を殺しにここへやって来ている。
「いいのか? レイアが悲しむぞ?」
ゼロを揺さぶろうとする兵士だったが、それは逆効果だ。
「貴様がレイアの名を口にすることによって俺に与える効果は殺意を増幅させることだけだ」
冷たく言い放つと、ゼロは劇鉄をゆっくりと上げる。
「待て待て、隊長たちは何をしている! ここはやつらの施設だろう!?」
慌てる兵士。この状況ではとても逃げることは出来ない。自分を助けてくれる存在も見当たらない。
「連中には少し眠ってもらった。騒がれると少々厄介だからな」
表に居る者たちは全員ゼロによって気絶させられていた。ここでいくら兵士が騒いだところで誰の耳にも届かない。
「本当に殺す気か? ただ女を拐っただけじゃないか。死刑になるほどの罪じゃない」
ゼロの説得を試みる兵士。
「わかった! お前の目的は大尉だろ!? ローズに頼まれたのか? それともガイア・レオグール本人か!? 」
わけの分からない情報を次々に話す兵士。だが、ゼロにとってそんなことはどうでも良かった。
「もう、口を開くな」
「待て! やめてくれぇ!!」
ズドン。
兵士は眉間を撃ち抜かれ、力なく鉄格子にもたれ掛かる。ゼロは兵士の死を確認し、足早にその場を去る。牢獄の外に差し出された左腕には、何度も何度も繰り返して突き刺されたであろう深い傷が刻まれていた。
何事もなかったかのように寝静まったレイアたちの居る宿に戻ってきたゼロ。ケイトはゼロに気がついたが、何も語らずにそのまま深い眠りについた。
次の朝、隊長は正式に捕虜たちの解放を発表した。もうこれ以上の争いはなにも自分たちに利益をもたらさないと悟ったようだ。そもそもレイアの説得がなければ自分たちはゼロに皆殺しにされていたかも知れないのだ。もう争いなどどうでも良かった。
「やるじゃない、あなたの王子様」
ルーチェがぐいぐいとレイアをつっつく。
「はい……本当に」
なにやら隊長と話しているゼロの背中を見つめながら答えるレイア。
「安心しろ。この村が戦いを放棄するなら他の村にも手出しはさせない」
「武力でか? そんなやり方では限界が来るぞ」
ゼロはいいやと首を横にふる。
「あの村には俺の仲間を残してある。だから心配は要らない」
「どうだか。この村の戦力は他の村に比べれば大きいが、他の村全てが襲ってくれば話しは別だ。きっと壊滅するだろうな。関係の無い村人や子供までもが」
隊長の顔を睨み付けるゼロ。
「全力は尽くす。だがそもそもお前自身が蒔いた種だ。その時は責任をとるんだな」
ゼロはまだ何か言いたげな隊長の前から姿を消し、レイアたちのもとに戻ってくる。
「ルーチェ、お前のお陰で助かった。本当に感謝する」
ルーチェに向かって深々と頭を下げるゼロ。
「やめて。お礼を言うのは私の方よ」
こっ恥ずかしいルーチェ。
「とにかく村に戻りましょう。他の方々が心配です」
「ああ、そうしよう」
ゼロたちはルーチェの村を目指して歩き出す。
「なかなかかっこいいわね」
「え?」
先頭を歩くゼロの背中を見ながら呟くルーチェ。レイアは驚いて声を上げる。
「レイア、あなたまだキスまでしか進んでいないんでしょう? ぐずぐずしていたら私がもらっちゃうわよ」
「駄目に決まってるじゃないですか!!」
あまりの大声にゼロが振り返る。
「どうした?」
「何でもありません!」
ゼロにとって強く言い返してしまうレイア。ゼロは不審がるも、また再び前を向いて歩き出す。
「ルーチェさん、あまりからかわないでください!」
「ごめんごめん」
妹ができたみたいでついつい意地悪したくなってしまうルーチェ。レイアのもじもじしている姿が愛らしくて仕方がない。
「あそんでる、場合じゃない!」
二人のにこやかなムードに石を投げ込むように叫ぶケイト。見えてきた村の入り口には武装した村人たちが大量に押し寄せていた。人質たちが解放された今、報復をしようと躍起になっているのだ。
「お父さん……」
その中にはルーチェの父である団長の姿も見える。
「ゼロさん……」
「わかっている。手荒な真似はしない」
ゼロは皆に待機するように指示をだし、一人で村人の群れに向かって進んでいく。