episode 503 「男の子」
ゼロは村のベッドで目を覚ました。何かとてつもないものを見てしまった気がするが、思い出そうとすると激しい頭痛に襲われる。
「目が、覚めましたか?」
ベッドの横ではレイアが看病してくれていた。なぜか顔が赤く、そしてなぜかその顔を見ているとこちらまで顔が火照ってくる。
「ああ。ここはどこだ?」
キョロキョロとするゼロ。ワルターやクイーンの居る診療所ではない。もっと設備の整った場所だ。
「あの村の病院です。その、ゼロさんが倒れてしまったから運び込んだんです」
もじもじしながら答えるレイア。二人の声を聞いて、外で見張りをしていたケイトが戻ってくる。
「良かった、目が覚めて」
ゼロに抱きつくケイト。急いでレイアが引き剥がす。
「ケイトちゃん! ゼロさんはまだ起きたばかりですよ!?」
「あんなことされちゃ、こうでもしないと、追い付けない」
レイアに抵抗し、より強くゼロに張り付くケイト。
「せっかくの再開で喧嘩をするな」
ゼロはケイトを優しく剥がし、立ち上がる。頭がくらくらする。昔誤って酒を呑んでしまった時のようだ。
「ぶー」
ふくれるケイト。だがこうしてまたゼロとレイアと共に居られることは夢のようだった。
「ところであの兵士はどうした? 俺が殺してしまったか?」
記憶が曖昧なため、恐る恐る尋ねるゼロ。
「いえ、あのあと隊長さんによって捕らえられました」
「そうか……」
レイアの前で殺人を犯さなくて良かったと胸を撫で下ろすゼロ。
レイアはあのあとケイトに何があったかを聞いた。ゼロが再び殺人マシーンとなりそうなほど怒り狂い、あとちょっとのところで兵士を殺しそうになったことを聞いた。もしレイアがペットにされていた経緯がゼロにばれてしまえば、どれほど残酷な結果が待っているだろえか。レイアは今回の事を自分の胸の中に封じ込めた。
「一つお伺いしたいのですが……」
「なんだ?」
レイアにとって今一番重要なことは、ゼロが見たのか見ていないのかということだ。だが答えはもうわかっている。見たからこそゼロは気を失い、自らの記憶を封印している。
「どこまで見えましたか?」
見せるのは別に構わない。だが心も体も何一つ準備をしていなかった。それだけが心残りだ。
「怪我の事か?」
「毛!?」
変な声が出てしまうレイア。キョトンとするゼロの顔を見て自分の早とちりだと気が付き、口を覆う。
「はい、あまりご心配をおかけしたくは無かったのですが」
「何を言うんだ。早く見せてくれ」
ゼロはレイアの口元に近づいてくる。
「ぜ、ゼロさん!?」
「だいたん」
ケイトが興味津々な様子でゼロの行動を見守っている。
レイアのくちびるに触れるゼロ。口では抵抗するものの、じっと動かずにゼロに体を預けるレイア。血がくちびるの裏から流れていることを突き止めると、ゼロはレイアから手を離して今度は肩に手を伸ばす。
「口の出血は問題ない。体の方は……」
レイアの体には所々木の欠片が刺さっていた。ドアを破ったときに刺さったのだろう。それほど大きな傷ではないが、その痛々しい姿にゼロは心を痛める。傷は全身に及んでおり、服を脱がせなければ把握できない。
「ん、なぜ服を着替えているんだ?」
レイアの服装がいつものフレアスカートではないことに気がつくゼロ。
「え、あ、はい。怪我をしてしまったときに破いてしまいまして」
「そうか、そもそもなぜ怪我をしたんだ?」
言葉に詰まるレイア。ゼロに嘘はつきたくない。だが本当の事を言うわけにもいかない。
「言いたく……ありません」
そう答えるしかない。
「そうか」
レイアの表情を見てそれ以上突っ込むのをやめるゼロ。レイアの気持ちを汲んでの発言だったが、自らの感情が関係していないわけではない。この件にこれ以上関わりのは危険だとゼロの本能が訴えかけてくる。
(鼓動が激しい。なんだ、この胸の高まりは……)
レイアの服に手をかけようとするゼロと、それを良しとしないゼロの感情とがぶつかり合う。
(イシュタルに植え付けられた人格か……?)
ゼロはレイアから離れ、ケイトの肩を叩く。
「ケイト、お前がレイアの傷を手当てしてくれ。どうも体調が優れない」
そう言ってゼロは部屋を出ていく。
「大丈夫でしょうか? わたくし、ちょっと様子を……」
「放っておきなよ」
ゼロを心配して追いかけようとするレイアを追いかける制止するケイト。子供には似つかわしくない何か悟ったような顔を見せている。
「ですが、何かによって病気かもしれませんし……」
それでも心配で仕方がないレイア。
「まあ、ゼロも男の子だってことだよ」
ケイトの言葉が理解できないレイア。
「どういうことでしょうか?」
「そういうこと、だよ」
ケイトは手早くレイアの治療を済ませる。
「何をそんなに急いでいるのですか?」
「何って……ゼロがナニしてるか、覗きに行くため!」
勇んで部屋を飛び出していくケイト。ドアを開けた先には鬼の形相をしたゼロが立っていた。
「良い度胸だな」
「ご、ごめんなさい」
ケイトはそそくさとその場を退散する。
「待て!」
柄にもなくそれを追いかけるゼロ。レイアはそれが可笑しくてたまらず、心のそこから笑顔を浮かべてそれを見守っていた。