episode 49 「壁」
「やい!じじい!ゼロを返せ!」
ケイトはイシュタルの小屋の前で叫ぶ。扉が開く。
「同じことを何度も言わせる愚か者はお前か?一度忠告はしたはずだ。」
イシュタルは既に剣を構えている。
「私の友達を、さらっておいて、偉そうなこと言うな!」
ケイトは強気だ。レイアに大口をたたいてしまった手前、このまま引き下がるわけにはいかない。
「あれはゼロではない。リンだ。」
「リンじゃない、ゼロ!」
埒があかないとイシュタルは、剣をケイトの前に突き出す。
「ケイトといったかな、綴りはどう書く?」
「は?」
キョトンとするケイト。
「何、墓ぐらいは建ててやろうと思ってな。」
イシュタルから強烈な殺気が発せられる。ケイトは一気に背筋が凍り、爪先から頭まで何一つ動かせなくなる。
「待ってください!」
イシュタルの剣がケイトの喉元に当てられた瞬間、レイアの叫び声が響く。
イシュタルは剣を引き、レイアの方を向く。喉にうっすらと赤い点ができたケイトは、ふらふらと地面に倒れこむ。
「今度はお前か。先程のやり取りはなんだったのだ。いい加減にしてほしいものだ。」
「たとえ何度追い返されようとも、何度でも参ります。わたくしは一般市民、それも他国の人間です。わたくしに手を出せば国際問題になりますよ。」
レイアも強気に前へ出る。
「ほお、このワシを脅すつもりか?面白いじゃないか、一つ戦争でも起こしてみようか?」
剣を構えるイシュタル、僅かながら殺気も発している。
「そこまでにしてください、老師。」
レイアたちの後ろからローズが現れる。
「レイアは決して傷つけないと約束したではないですか。」
イシュタルは剣をしまう。
「確かに約束はした。だがそれを守るかどうかはワシが決めること。ローズ、たとえお前とてワシに指図する事は許さんぞ。」
イシュタルの言葉にローズは深々と頭を下げる。
「レイア、お前もだ。お前の気持ちもわからんではない。リンに会いたいのも無理はないだろう。だが会わせるかどうかはワシが決めることだ。それにな、先程言った通り戦争になろうともワシは一向に構わん。むしろ鈍った体を動かすのにはちょうどいい機会だ。」
そう言ってイシュタルは小屋の中へと戻っていく。その顔は決して冗談などではなかった。
いまだに心臓の鼓動が激しいケイトとレイア。
「あ、ありがとうございます。ローズが来てくれなかったら死んでいたかもしれません。」
頭を下げるレイア。
「よせ、これに懲りたら二度と老師を怒らせるようなことはするな。いつでも助けられるわけでは無いんだぞ。」
レイアに釘を刺し、ケイトの方を向くローズ。
「お前もだ。死にたくなかったらこれ以上この国でうろうろするな。あの獣にもそう伝えておけ。私はお前たちまで助けてやるつもりは毛頭無いのだからな。」
再びレイアの方を向くローズ。
「もうお前を無理やり拘束したりはしない。逆効果なのがわかったからな。だが、何かあれば困るのは私じゃない、お前自身だ。それを肝に銘じておけ。・・・夕刻までには戻れ。」
そう言ってローズは一人で屋敷に戻る。
ローズの思いがけない言葉に口もとが緩んでしまうレイア。それを見てケイトもつられて笑う。
「なにわらってるの、私。」
「ふふ、死にかけたというのに呑気なものですね、私たち。」
笑ったところで現状は変わらない。自分達とゼロを隔てるのはたった一枚の木の板だ。だがその板を守る番人はこの国最強の兵士。突破するのは不可能に近い。
「で、どうするの?諦めるわけじゃ、ないでしょ?」
ケイトが尋ねる。
「当然です。昔ゼロさんが仰ってました。」
「食事、排泄、睡眠。人である以上避けて通る事ができないものだ。そしてそれらには必ず隙が生じる。」
ゼロの言葉が思い出される。
「わたくしは諦めません。必ずゼロさんを取り戻してみせます。ケイトちゃん、一緒に頑張りましょう!」
「うん!」
握手をかわすレイアとケイト。ローズは木陰からそれを見守っていた。
「万が一あのイシュタル元帥を出し抜き、ゼロの記憶を取り戻せるのだとしたら、その時は私はお前たちを歓迎しよう。ま、無理な話だがな。」
ローズは再び歩き出す。その口元はなぜか少し緩んでいた。




