episode 399 「嘘」
リザベルトは一つ嘘をついた。
確かに彼女には加護の力があった。それはとても強大な力で、その力さえあればこの窮地も難なく突破できたであろう。
しかし今、彼女にその力はない。アテナが死亡したことにより、アテナの加護も全て消失したのだ。それを彼女が知るよしは無いが、自分の中に眠る力が跡形もなく無くなってしまったのは嫌でも思い知らされる。
(だがレイアを守る、その言葉だけは嘘にはしない)
武器も無い。力も無い。それでも兵士としての誇りがある。何よりもレイアは、リザベルトにとって大切な友人だ。
(この檻は頑丈だ。そう簡単に潰れたりはしない)
冷静になること。それが今一番大切な事だ。
フェンリーたちの檻は特殊な力で固く閉ざされていた。加護を受けたものを収監するのだ、当然の処置ともとれる。オルフェウスの力によって閉ざされたその檻は、彼が死んだことによって解除することは不可能となっていた。エクスカリバー以外では。
聖剣を掲げるゼロ。
「それはエクスカリバーかい? 一体どこで……」
ワルターが身を乗り出してエクスカリバーを見つめている。
「話せば長い」
「ここを出たらきちんと聞かせてもらうよ」
そう言ってワルターは鉄格子から離れる。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
ゼロは勢いよく剣を振り下ろす。あれほど固く閉ざされていた檻は一撃で切り捨てられ、ようやく二人は脱出に成功する。
「おっと、こいつらもつれていってやらねぇとな」
フェンリーは檻の奥に寝かされていたヴィクトルとシェイクを担ぎ出す。
「助かったよ、ゼロ」
檻から出てきたワルターはゼロの手をとって感謝の言葉を伝える。
「礼はいい。それよりも他の連中は何処に捕らえられている? レイアと同じ檻か?」
ワルターに尋ねるゼロ。
「レオグール准将とローズ大佐はレイアたちの更に奥の檻に捕らえられてる。でもリースとセシルは何処かへ連れていかれて、帰ってこないんだ」
浮かない顔で答えるワルター。
「そうか、なら聞き出せばいい」
来た方向に顔を向けるゼロ。そこにはまだ怯えた様子のリラが立っていた。
「てめぇら、よくもやってくれたなぁ!」
今にも殴りかかりそうな勢いでリラに詰め寄るフェンリー。
「ふん、なによ! 仕方無いじゃない……そうしなきゃ私が殺されてたのよ!?」
「いいか、俺は今怒ってる。タバコも無くてイライラしてんだ。もし質問に答えなかったり、嘘ついたりしやがったら……」
手のひらを凍らせながらリラを脅すフェンリー。加護を使い、この場から脱出を図ろうとも考えたが、フェンリーを倒したとしても後ろにはワルターとゼロが待ち構えている。到底逃げ切れるとは思えない。
リラは観念し、セシルとリースの居所を白状する。
「この、悪魔どもめ!」
居所を聞いたワルターは、血相を変えて走っていく。
「リラ、この落とし前は必ずつけさせてやる」
フェンリーはリラの頭を鷲掴みにし、恐怖を植え付ける。そしてヴィクトルとシェイクを避難させるため、地上を目指す。
ゼロはレイアとの間に立ちふさがる瓦礫に手をかける。
「レイア、俺たちは一先ず先に地上に上がる。リザベルト、後は頼んだ」
「はい。ゼロさん」
「ああ、任せてくれ」
二人の声を確認したゼロは、怯えきったリラを掴んでフェンリーの後を追いかける。
「レイア。謝ってすむ問題ではないが」
リザベルトが崩れていく屋敷を見つめながらレイアに謝罪するリザベルト。
「いいんです。こうでもしないとゼロさんはいつまでもそこに居てしまうでしょうから」
そう確信できることに喜びを感じながら言葉を返すレイア。
「出来れば最後に一目、あの方の顔が見たかったです」
涙を流しながら笑うレイア。リザベルトは黙ってレイアを抱きしめた。
セシルとリースはオルフェウスの自室の隣に監禁されていた。リラの話によると二人は魔族を生み出す実験台として扱われていたらしい。
(何で俺は無理にでも助けに行かなかったんだ!)
自分を激しく責めながら崩壊していく屋敷の中心部へと走っていくワルター。目的の部屋を見つけると、勢いよくその扉をあける。
「……………ガァ!」
あまりにも無惨な光景に思わず叫び声を上げるワルター。そこは生ゴミと排泄物を混ぜたかのような醜悪な臭いに満ちており、人の形をしたものが二つほど転がっていた。生きているのかいないのかの判断もつかない。
ワルターは無限に溢れる涙を拭き、二人を部屋から連れ出す。
「オルフェウス……オルフェウス!!」
二人を運びながら負の感情に飲み込まれそうになるワルター。後からやって来たゼロにもそれはひしひしと伝わる。
「ワルター、気持ちは分かるが落ち着け。今は生き延びることだけを考えるんだ」
必死に冷静さを取り戻させようとするが、それは火に油を注ぐ行為だ。
「少し……黙っていてくれないか?」
今まで感じた中で最大級の殺意がゼロの全身を突き刺す。
(ワルター……)
ゼロはそれ以上何も言わず、出口を目指した。
外ではフェンリーが待機していた。そのすぐ横にはリラと気を失っているパーシアスの姿もある。
二人の神の力もあってか、外の被害は大方収まっていた。それでもオルフェウスの残した爪痕は凄まじく、辺り一面は草一本すら生えていない荒野と化していた。当然生き残った生物はゼロたちを除けば皆無だった。
「まさか生きて戻って来やがるなんてな」
すっかり力を使い果たし、地面に腰かけるルインがゼロを見て呟く。
「全くだ。魔族に目をつけられるのにも納得がいく」
ルインとは違い、まだ余力を残しているハデスがゼロに近づいていく。
「おい、何するきだ?」
「心配するな、手はださん」
ハデスが近寄っていくことで、フェンリーたちの警戒は最高潮に達した。
「誰だありゃ? オルフェウスと同等、いやそれ以上のいやな雰囲気だぜ」
「誰であろうとどうでもいい。これ以上リースに危害を加えようとするなら殺すだけだ」
ワルターはハデスを迎え撃とうと構えをとる。だが次の瞬間にはフェンリーとともに空中に打ち上げられていた。
「お前たちに用はない」
何が起きたのかもわからずに地面に叩きつけられる二人。それを見たリラは失神寸前まで追いやられる。
(わ、私を……殺……)
ハデスは死を予感したリラの前を通りすぎ、ゼロの前に立ちふさがる。
「なぜ戻ろうとする?」
「何だ、邪魔をするな!」
ハデスを無視し、再び屋敷へと引き返そうとするゼロ。ハデスはそれを許さず、ゼロの腕を掴む。
「離せ! レイアが、レイアがまだ戻っていない!」
「諦めろ」
その言葉の直後、屋敷は轟音をたてて崩れ落ちた。
「は……?」
ゼロは無理やりハデスから腕を引き抜く。その衝撃で骨が折れるが、そんなことは気にしていられない。
「レイア? レイア?」
瓦礫を手当たり次第にどけていく。指の皮が剥げ、瓦礫が赤く染まっていく。それでも誰もゼロを止められなかった。
結局ゼロは三日三晩瓦礫をどけ続け、四日目の朝に意識を失った。




