episode 398 「救出劇」
ゼロは走った。ただひたすらに。
オルフェウスの残した爪痕は凄まじく、屋敷を容赦なく破壊していく。ゼロが向かうのはその中心地、当然身の危険も高い。
「ルイン、止めなくていいのか?」
「わかってるだろ! 手ぇ離せねぇの!」
二人の神はこれ以上被害が大きくならないように食い止めるので精一杯だ。ゼロのことはできれば助けたいが、一人の命よりも全ての命を優先する。
ゼロにとっては被害などどうでもよかった。たった一人の少女さえ救うことができれば、それでよかった。
屋敷へと侵入するゼロ。瓦礫を避けながら奥へと進んでいく。オルフェウスの力を誇示するかのようなとてつもなく大きな屋敷だったが、ゼロには進むべき道がわかった。まるで何かに導かれるようにして地下へと進んでいく。もし自分の勘が外れれば生き埋めになってしまう、そんな恐怖など微塵も感じない。ゼロが恐れることはただ一つ、手遅れになってしまうことだけだった。
(レイア……無事でいてくれ)
角を一つ曲がったところで人の気配を察知する。しかしそれはレイアのものではなく、フェンリーやワルターのものでもなかった。
(この気配は……)
向こうもゼロの気配を感じ取ったのか、ピタリと動きを止め、気配を殺そうとする。
「何であいつがいるわけ!?」
「知らん!」
気配の正体はリラとパーシアスだ。二人は一階にあるワープゲートを目指して走っていた。一階に戻るにはゼロが通ってきた大階段を上るのが一番近い。他にも上に上がる手段はあるが、既に崩壊しているかもしれない。確実性を期すならここを突破するのが一番だ。
しかし、突破するためにはゼロを倒さなければならない。
「私は反対。ゼロの目的は確実にレイアよ。なら他の部屋に隠れてやり過ごす方が安全でしょ?」
リラはゼロとの戦闘を断固拒否する。
「そのレイアを捕らえた我々を、ゼロが見逃すとは思えん。確実に屠られる」
汗をだらだらと流すパーシアス。相当切羽詰まっているようだ。
「ならどうするの?」
「戦うしかあるまい」
パーシアスの言葉に大きく首を横に振るリラ。
「やるしかない! 我々とてオルフェウスの元で遊んでいたわけではない。二人でかかればゼロなど容易い!」
まるで自分に言い聞かせるように叫ぶパーシアス。
「そんなうまくいくわけ……」
言葉を詰まらせるリラ。背後に視線を感じる。振り向くよりも早くパーシアスが血を流しながら倒れる。
「案内しろ」
短い言葉だったが、リラにとってはそれで充分だった。ゼロの目は非常に血走っており、少しでも口答えをしようものならば、それが遺言になりかねなかった。
「わかったわ」
そう答えて来た道を引き返すリラ。奇策や小細工など仕掛ける暇もない。
レイアの気配が感じ取れる。決して幻ではなく、レイア本人がそこにいる。その感覚が大きくなっていく。ガンガンと鉄を叩く音も聞こえてくる。
「驚いたわ。まさか本当に戻ってくるなんてね。羨ましい……」
リラの口から思わず本音が溢れる。
「黙れ」
ゼロはまた短い言葉でリラを静止する。
(あと、少し。あと少しなんだ)
足取りが速くなる。リラをその場に残し、気配と音のする方へと駆けていく。
まず始めにフェンリーとワルターの檻の前に到着する。最初に気がついたのはフェンリーだった。フェンリーは何も言わずにゼロの目を見つめ、小さく頷く。
「ゼロ、ゼロじゃないか!」
ワルターが声を上げる。その声で隣に居たレイアの顔から涙が溢れる。
「本当に来たな」
リザベルトも顔に笑みが表れる。
「レイアはどこだ!」
ワルターの言葉を無視し、大声で叫ぶゼロ。
「まったく君は……その隣だよ」
若干の呆れ顔を見せながら右の方向を指差すワルター。ゼロは急いで隣の檻を目指す。
その時だった。
屋敷の崩壊に耐えきれなくなった天井が勢いよく崩れ落ちる。なんとか直撃は避けたものの、レイアの檻への道が閉ざされてしまう。
「レイア! レイア! そこに居るのか!?」
レイアの安否を確かめようと大声で叫ぶゼロ。
「ゼロさん! わたくしはここに居ます!」
自分に問題が無いことを大声で伝えるレイア。お互い顔は見えずとも、ようやく繋がることができた。
「クソ!」
瓦礫をどかそうとするゼロだったが、下手に動かすとさらに崩れてしまいそうなほど不安定だ。
「わたくしは大丈夫です! 先にフェンリーさんたちを!」
レイアが叫んでいるが、いつ崩壊するともわからない状況でレイアを放っておけるほど、ゼロの精神は安定していなかった。
「お前を一人にはしておけない!」
やっとここまで来た。ここまで来て諦めることなんてできない。
「ゼロ! 私が付いている! 君は大佐たちを頼む!」
レイアのいる方向からリザベルトの声がする。
「リザベルトか、お前もここに捕らえられていたのか……」
「ああ、だから安心しろ。レイアは私が必ず守る」
リザベルトが自信をもって答える。
「ゼロ、君は気絶していたが、あのときアーノルトとやらを撃退したのは私なんだぞ?」
自信と誇りを込めて告げるリザベルト。にわかには信じがたい話だが、ここはリザベルトに託す以外に選択肢はなかった。
「わかった。頼むリザベルト」
「ああ、任せておけ」
ゼロはレイアに背を向ける。
「後で必ず」
「はい。必ずお会いしましょう」
軽い挨拶を交わし、フェンリーたちの救出に取り掛かる。




