episode 394 「到達点の先」
アーノルトたちはオルフェウスの屋敷から神との戦いを眺めていた。
「おや? 苦戦しているようじゃないか」
パーシアスが少し嬉しそうに呟く。
「オルフェウスを上回る存在……間違いないな、やつらが神だ」
イルベルトは万が一の時に備え、逃走の準備に取り掛かる。
「あれはゼロ? まったくしぶとい男ね。そんなにあのレイアとやらが大切なのかしら」
少しふてくされたような表情でゼロの姿を見つめるリラ。
(ふざけるな)
アーノルトはほかの三人とは違った感情を抱いていた。
(ふざけるな。ここでお前がやられたら、俺は誰についていけばいい? 誰のもとで強くなればいい?)
オルフェウスの動きが鈍くなっていく。自分の自慢の攻撃が通用しなかったことが、相当ショックだったようだ。
「バカな! 俺様の攻撃だぞ!? 真相心理の部分を攻撃するんだ! 回避など不可能だ!」
「回避なんかしてねぇさ、耐えただけだ!」
ルインの攻撃は続く。オルフェウスは動揺を隠しきれず、なされるがままに攻撃を受けている。いくら霧状とはいえ、ルインの攻撃を受け続けるのには限界がある。そしてその限界は早々に訪れようとしていた。
「ハァ、ハァ」
霧状が解かれ、人の形へと戻っていくオルフェウス。その姿は明らかに弱っており、身体中に傷が出来ていた。
「どどめだな。今なら簡単に斬れそうだぜ」
ルインは再びエクスカリバーを握りしめ、オルフェウスに向かって斬りかかろうとする。だが直前で標的を変え、別の方向に剣を振り下ろす。何もなかった場所から金属音が鳴り響き、足元にクナイが叩き落とされる。
「誰だてめぇ」
「名前などどうでもいい」
アーノルトだ。なぜ出てきてしまったのか、その理由は彼自身でさえよくわかっていない。だがここでオルフェウスが殺されるようなことになれば、自分は路頭に迷う。そんな気がした。
「何を考えているんだ、あの男は」
あきれた顔のパーシアス。
「イルベルト、逃げる準備は万全か?」
「ああ、だが……」
イルベルトはアーノルトから目が離せなかった。
(まさか、あのアーノルトが。ゼロとならんで感情の無い殺人マシーンと言われたあのアーノルトが。あれほど感情をむき出しにするとはな……)
アーノルトの顔は歪んでいた。さまざまな葛藤があった。プライドの高いオルフェウスの前に出ればどうなるか、考えたくもなかった。それでも出てしまった。もう、戦うしかなかった。
オルフェウスは何も言わなかった。弱っていたことももちろんだが、単純に驚いていた。アーノルトが現れることなど、微塵も予想していなかったからだ。
「てめぇ、ミカエルの言ってたアーノルトだな? 確かに人間にしてはやるようだけどよ……」
アーノルトはルインの殺気を感知して身構える。
(来るか……凄まじい殺気だ。オルフェウスとの訓練がなかったらここで勝負は決まっていただろう。だが今の俺なら対応できる)
攻撃はアーノルトの狙い通りの場所に来た。しかし、対応はできても対処はできない。次元が違うとは、そういうことだ。
「ごばぁ!」
ルインの拳はアーノルトの防御をなんなくすり抜け、腹に拳をめり込ませる。アーノルトは内蔵をめちゃくちゃに破壊され、口から大量の血を吐き出す。
(今アタシの攻撃に反応した? だとするならミカエルのやろう、実力を見誤ってやがる。結構どころじゃねぇ、このままにしとけばかなり厄介だぜ)
ルインは腹を貫かれてもなお、こちらに対して敵意を向けているアーノルトを睨み付ける。
「ハデス! オルフェウスは任せた! アタシはこいつを仕留める」
「承ろう」
アーノルトの特殊な服には、いくつもの暗器が隠されている。人相手ならそれで充分なのだが、相手は神だ。どうシミュレートしてもどの武器も通用しない。
(万事休すとはまさにこのことだな)
かつて無いほどの絶望。今更ながら神に対して喧嘩を吹っ掛けたことを後悔する。
(だが、ここでオルフェウスに死なれるわけにはいかない。それに……)
アーノルトは倒れているゼロを横目にとらえる。
(いや、今は関係ない)
アーノルトはクナイを手にする。一番使いなれた武器だ。いつもは非常に頼りになるその武器だが、今はまるで爪楊枝を握りしめているような感覚だ。
「行くぞ! 神よ!」
「来い! 人間!」
人類の到達点、アーノルト・レバー。彼は今、その先に進んだ者へと立ち向かう。




