episode 393 「ルインVSオルフェウス」
「ここが野郎のアジトか……」
たいそう豪華な建物の前でルインが呟く。
「魔族とはどいつもこいつも自己顕示欲の強い連中だが、このオルフェウスはその中でも別格だ。一国の王にでも成ったつもりか?」
「その通りだ。人間どもはこの俺様が導いてやらねばな」
ハデスの言葉に反応し、オルフェウスが目の前に姿を現す。
「よく来たな偽神ども。何の用だ?」
オルフェウスは神二人を目の前にしてもまったく臆せず、客でも迎え入れるかのように両手を広げながら尋ねる。
「相変わらずムカつくやつだぜ。てめぇ一人か? お得意のコマとやらは連れていねぇようだが」
「ああ。あれらは置いてきた。いくら偽とはいえ、神相手にゴミでは歯が立たんからな。そういう貴様らが連れているそれはなんだ?」
オルフェウスはハデスの肩で気を失っている男を指差す。
「てめぇが知る必要はねぇな。ここで死ぬんだからよ!」
ルインはエクスカリバーを取り出し、オルフェウスに向かって斬りかかる。
「聖剣とやらか。忌々しい」
オルフェウスは体を霧状に変え、四方に散っていく。ルインの剣は空を切る。
「やはりな。どれ程素晴らしい武器を使用しても使い手がゴミでは話にならないな」
「くっ……そがぁ!」
ルインは悲痛な叫び声を上げる。確かにルインは二千年前から剣を使った事など一度もなかった。それはハデスも同様である。もしこの剣を握ったのがアテナだったならば、戦況は大きく変わっていただろう。だが、アテナはもう居ない。
「ハデス! 剣はおめぇが持ってろ!」
ルインは剣をハデスに投げつけ、代わりに拳を握る。
「やっぱアタシはこっちだ!」
ルインの体から闘気が溢れでる。肌が火照り、赤みを増していく。体中から蒸気が発生し、触れれば火傷しそうだ。
「ふん、少しは厄介そうな面になったな」
オルフェウスは体を黒く変化させていく。
「気を付けろ、ルイン。何かする気だ」
ハデスがオルフェウスから感じ取れる異常性をルインに伝える。
「何もしてこねぇ方が不気味だぜ」
ルインは構わず霧状のオルフェウスに突っ込んでいく。
相手は気体だ。拳が届くわけじゃない。だが、ルインの纏った闘気と熱気は関係なしにオルフェウスに襲いかかる。
「む、流石は神と崇められるだけの事はある。この俺様に不快感を与えるとはな。だが!」
オルフェウスはルインの脳に侵入を図る。
「ルイン!」
ハデスが叫ぶがもう遅い。オルフェウスはルインの脳への侵入に成功した。
「神とはいえど構造は人間と同じ、故に俺様に勝つことはできない」
ルインの脳に侵入したオルフェウスは悪夢を植え付ける。
「高々八十年程の人間でもいわゆるトラウマは数えきれないほど抱えている。その点貴様らはどうだ? 二千年分の地獄を味わわせてやろう」
オルフェウスは勝ちを確信し、高笑いをする。ルインは攻撃を受けてからとたんに動かなくなり、その場に座り込んでしまっている。ハデスも迂闊に手を出すことができず、臨戦体勢のまま、オルフェウスの様子を伺っている。
(あれは……あのときに似ている。俺が魔女の攻撃を受けたあのときに……)
ハデスは魔女の攻撃によって我を忘れた時のことを思い出していた。体の自由が全く効かず、気がついたときにはもうすべて取り返しがつかなくなっていたあの時を。
(いざとなれば俺がルインを止めなければ……)
ルインは微動だにしない。オルフェウスはその様子をじっくりと観察している。
「神を手にかけるのは初めてだが、やはり俺様の術に抗うことはできんな」
オルフェウスはハデスへと視線を移す。
「次は貴様だ」
今度はハデスの脳を目指すオルフェウス。ハデスはゼロを肩から投げ捨て、オルフェウスを迎え撃つ。
(脳に侵入だと? させてたまるか! 二度とあんな悲劇を起こさせはしない!)
ハデスは全身からエネルギーを放出する。その威力はすさまじく、オルフェウスは全く彼に近づけなかった。
「ふん、どこまでそれが持つかな?」
ハデスのとった選択は自殺行為に近かった。ハデスが放出しているのは彼自身の生命エネルギーだ。すべて放出してしまえば動くことすら困難になる。かといって放出をやめればオルフェウスの侵入を許してしまう。こうする以外に選択肢は無かった。
(く、時間の問題か……しかしルインを残して逃げればさらに被害が大きくなってしまう)
万が一ルインが洗脳されるような事態になれば、きっとオルフェウスは力の限りに暴れ尽くすだろう。そうなれば世界は終わりだ。
「さあ、そろそろ時間か? なぁ……ぁ!!」
オルフェウスが急に苦しみだした。ハデスはなにもしていない。だとすると考えられるのはルインだ。
ルインは立ち上がっていた。オルフェウスに操られている様子は微塵も感じられない。
「ば、バカな! 俺様の力は完璧な筈……」
ルインは闘志を込めた拳で霧状のオルフェウスを殴り付ける。
「う、ぐ!」
「なめんじゃねぇ、三下が! アタシらはおめぇのママと戦ってんだ! おめぇの攻撃なんざ魔女に比べりゃ屁みたいなもんだ!」
ルインは苦しむオルフェウスに拳を向ける。あれほど傲慢な態度をとっていたオルフェウスだったが、霧状の今でもその焦りは目に見えるようだった。




