episode 385 「お前に任せた」
徐々に、本当に徐々にだが、魔獣はその体積をすり減らしていた。魔獣の攻撃手段は体の一部を弾丸にして飛ばすことだ。魔獣のいってもその体積は無限ではない。当然いつかは弾切れが訪れる。
(はたしてそれまで俺の身が持つかどうか……いや、なんとしてでも持たせるしかない)
ゼロは攻撃をこちらに集中させるため、攻撃の手を緩めずに敵の攻撃を避け続ける。無傷というわけにはいかない。致命傷は避けるが、体には赤い線が無数に刻まれていく。
「ロミー! こいつ小さくなってんぞ!?」
「うん。きっとゼロはこれを狙ってるんだ」
ゼロの意図を読み取ったロミーが攻撃の手を強める。
「ゼロ! 君のやりたいことはわかった! こっちからも攻撃する!」
「なっ……!」
ゼロは再びロミーを批判しようとするが、彼女の眼差しを見て言葉を飲み込む。
「……頼む」
ゼロの返事を聞いてロミーはにっこりと笑う。ピースサインを見せつけ、元気よく叫ぶ。
「もちのろん!!」
ロミーの重たい拳が魔獣にめり込む。先程まではほとんど効いていなかった攻撃も、僅かではあるがダメージを与えられているような気がする。
だがその攻撃によって攻撃の矛先もロミーに向いてくる。至近距離からの攻撃は正に光速で、避けるのは非常に困難だ。しかしロミーはその常人離れした反射神経によってそれを回避する。
「ひえー! どんな身体能力してやがるっ!」
レックスが悲鳴にも似た歓声を上げる。
「こいつ攻撃の瞬間、もぞもぞ動くの。だから避けるのは難しくないよ!」
「そう言ってもよ……」
そういうロミーだが、レックスにはなんのことだかさっぱりわからない。魔獣は常に身体中がうねっており、その攻撃の瞬間とやらはレックスには判断できない。
「ゼロ、お前わかるか?」
「いや、だから俺は避けきれない」
完全に攻撃が放たれてから避けているゼロにとって、ロミーのその感覚は信じがたいものだった。
「なんにせよロミー、お前は大丈夫なんだな?」
「うん、任せて」
ゼロはロミーに任せることにした。実際ゼロ自身かなり限界まで来ており、ロミーの手助けは非常にありがたかった。
「レックス! 君は洞窟の中のワンちゃんたちを!」
ロミーは洞窟の奥からの小さな気配も見逃しては居なかった。魔獣同士が助け合うかは不明だが、合流されては厄介だ。
「よ、よし!」
レックスはゼロとロミーへの攻撃を続ける魔獣の背後に回り、その後ろの洞窟へと足を踏み入れる。灯りがないので自分自身の感覚だけを頼りに、魔獣の位置を把握する。
「うじゃうじゃいやがる……」
先程の戦いで何匹かはマグマの底へと沈んでいったが、それでもまだかなりの数が洞窟の中には潜んでいた。だがレックスたちを警戒しているのか、なかなか姿を現さない。
(それならそれでいいぜ。俺の役目はこいつらを食い止めること。戦わなくていいならそれに越したことはないしな)
レックスは洞窟の入り口に仁王立ちする。
ロミーの助けもあり、魔獣の体積は明らかに減っていた。
(しかしロミー、こいつはいったい何者だ? 単なる兵士というわけではないだろう。この反射神経、おそらくアーノルトにすら肩を並べるだろう)
ゼロはロミーの力に脱帽する。
(しかしその答えはロミー本人すら覚えてはいない……)
ロミーの横顔を見ながら複雑な感情に襲われるゼロ。あれほど憎かった彼女の笑顔にも別の感情が芽生え始める。
(とにかく、余計なことはここを片付けてからだ)
ロミーの攻撃はかなりのダメージを魔獣の与え始めた。明らかに魔獣のようすも代わり、攻撃頻度もその威力も鋭さを増してきた。
「わ!」
さすがのロミーも後ろへ引く。
「あともう少しなのに……これじゃ近づけないよ!」
まったくもってその通りだった。ゼロ側もロミー側も魔獣の攻撃がすさまじく、反撃はおろか、近づくことすらできない。
(くっ! あと少し、あと一押しだというのに……!)
苦い顔をするゼロ。
一方子犬型の魔獣も、仲間を助けるべく洞窟の入り口へと走り始めた。驚いたレックスは急いで両手を広げるがその勢いに驚き、思わず後ろに飛び退いてしまう。
「ひっ!」
ドン!
すると背中に何かが当たる。
「え?」
「え?」
「え?」
声を合わせる三人。当たったのは例の魔獣だった。魔獣は抵抗することもできず、そのままマグマの中へと落ちていった。
何とも言えない空気が流れる。
「ま、まあ、やっつけた!」
レックスが手を上げる。
「う、うん、そうだね」
ロミーも無理やり笑顔を作る。
「……」
ゼロは無言で座り込んだ。




