episode 381 「友」
観光の山頂から本当の山頂への道は正に地獄だった。体の外側と内側の両方から熱され、喉の奥が焼けるように熱い。汗で衣服は湿り気を帯び、自然と足取りも重くなっていく。あれほど元気だったロミーも気がつけば口を詰むんでおり、レックスは今にも倒れそうだった。
「もう少しだ。気を抜くな」
ゼロが忠告する。当然人の踏みいる場所ではないので整備などされておらず、剥き出しの岩肌がゼロたちの侵入を拒む。傾斜角度はそれほど大きくはないが、所々にマグマ溜まりのようなものがあり、万が一足を滑らせれば命は無いだろう。
「この本によれば昔はとてもきれいな山だったらしいよ。山頂までも登れたみたい」
ロミーがガイドブックを指差しながら告げる。その言葉の通り少し進んだら休憩小屋のようなものを見つけた。
「ひぃー休もうぜ」
レックスは一足先に小屋の中へと入っていく。小屋には様々な設備があったが、おいてあった食料は全て腐っており、数本の水が残されているのみだった。
「お湯になってる……」
ロミーが残念そうに口に運ぶ。
「死ぬよかよっぽどましだぜ、あとは何か食いもんでもあればなぁ……ぶっ!」
何気なくゼロの方を見て、口に運んだお湯を吹き出すレックス。それもそのはず、ゼロは小屋の木を剥がし、それをかじっていた。
「おいおい、おれたちゃ白アリじゃねーんだぞ!? 記憶がないからってそれくらいはわかってるぜ!?」
「もとは生物だ。食べられないわけがない」
ゼロは驚愕するレックスを無視し、食事を続ける。
「そうだね、もうそこまで来てる」
その様子を見たロミーはポケットから包み紙に包まれた食料を取り出す。
「おまっ! それなんだよ!」
「さっきのレストランから持ってきたんだ。お腹すくかなって」
羨ましそうに、怨めしそうに見つめるレックスを無視してそれを頬張るロミー。レックスの腹は鳴りっぱなしだ。
「しょうがないなぁ」
そう言ってロミーは反対のポケットから剥き出しのキャラメルを取り出す。
「……」
それを無言で受け取り、お湯で洗ってから口へと運ぶレックス。
三人はそこで仮眠を取る。
「なあ、目が覚めたら記憶が戻ってたりしねぇかなぁ?」
レックスが寝そべりながら、見張りをするゼロに尋ねる。
「残念だがそれはない。おそらくあの力はイシュタルの掌握のような記憶の上書きとは違い、完全なる消去だ。希望はないだろう」
「そうか……」
残念そうなレックスの声に反応するロミー。
「そう落ち込むこと無いよ。また一から始めるだけさ!」
「いいな、お前は気楽でよ」
レックスはロミーのようには割りきれなかった。
「友達とか家族とか居たんだろうな」
レックスの言葉にあの衛兵を思い出すゼロ。彼はきっとレックスにとっても大切な友達だったのだろう。
「友達なら居たさ。お前の帰りを待っている」
「ほんとか!? なら帰ったらまた友達にならなきゃな!」
少し元気がでるレックス。
「私たちももう友達だよね!」
元気よく叫ぶロミー。レックスは首を縦に振る。返事がないゼロの方を向く二人。
「正直過去のお前は嫌いだった。だが、今のお前なら……そうだな」
顔を見合わせるレックスとロミー。だがロミーは聞き足りない様子だ。
「そうだな。じゃなくてちゃんと言葉で言ってよ!」
ゼロの前に飛び出して言及するロミー。
「そういうところが……いや、分かった。俺たちは友達だ」
「やったー!」
それを聞き終えると元気よくゼロに抱きつく。
「離れろ! 俺にはレイアが……!」
「ん? レイア? 誰だよそれ? 詳しく聞かせろよー」
口を滑らせたと後悔するがもう遅い。二人はゼロの恋バナに興味津々だ。
「寝ろ!」
ゼロは一喝し、話を終わらせた。
その数時間前。
とある場所のとある一軒の家の中で一人の女性が水晶玉を寝そべりながら見つめている。
「ふむ、まさか私の牧場に入り込もうとする人間が現れるとはな」
うっすらと笑みを浮かべながら感心する女性。怠惰を司る魔族、マリンだ。
「これは面白いものが見られそうじゃないか」
聖峰パルテノン。それは世界を象徴する山で有りながら、魔族マリンの庭と化していた。まずマリンはパルテノンを活性化させ、人が立ち入ることができないようにした。そして火口付近に自らの牧場と称して魔獣の実験場を作り出したのだ。レックスらが感じ取った気配は正にこれである。
マリンはある程度完成したといえる魔族たちをゼロたちと戦わせることにした。どのていど実戦で使えるのか試すためだ。
「まあ、このまま先を見通せば結果は分かってしまうが、それでは面白味にかけるな。久しぶりにこの目で見届けることにしよう」
マリンは水晶を見つめる。すると元時刻でのパルテノンの様子が映し出された。
「さて、少しは成長を見せたか? このままではオルフェウスはおろか、そのコマのアーノルトにすら及ばないぞ?」
映し出されたゼロの様子を見ながら呟くマリン。その顔はまるで子供の成長を見守る母親のようだった。




