episode 38 「復讐者」
リースが港に着いた頃には、辺り一面が臓物と血にまみれていた。
軍に入ってしばらく経つが、ここまでの光景は見たことがなかった。
その地獄の中心には一人の男がいた。
「はぁ、全く美しくないな。死に際くらい派手に飾ってみてくれよ。」
その男はまるでおもちゃを壊すかのように人の命を奪っていく。そこに罪悪感の欠片も感じられなかった。
思わず後ずさりをしてしまうリース。それに気づいたレイリーがリースに声をかける。
「おや、今度は綺麗なお嬢さんか。だが残念だな、今はねぇさんがいるから君は要らないんだ。だからせめて美しく殺してあげよう。」
リースは震える手で剣を取り出す。
「わ、私はモルガント帝国軍、リース曹長だ!お前を粛清する!」
ヒュッとナイフがリースめがけて飛んでくる。それはリースの太ももに深々と刺さる。
「あぁ!!」
リースは剣を落とし、膝をつく。
レイリーはゆっくりとリースに近づく。
「わるいね、君の名前はどうでもいいんだ。だってここで死ぬんだから。」
レイリーはリースの兜からでている赤いおさげ髪を見つける。
「これは美しい。是非俺にくれ。」
返答を待つ前にナイフで髪を切り取る。その髪を手に這わせたり、舐めたりして楽しむレイリー。リースは恐怖で動けなかった。
レイリーはリースのもう片方の足にもナイフを突き刺す。
「ヴぁ!」
泣き崩れるリース。
「やめて・・・お願い・・・」
その少女の表情を見てゾクゾクと震えるレイリー。
「あぁ美しい。何て美しい顔なんだ。そうだ!ねぇさんにも見せてあげよう。」
レイリーはムースが入っている棺桶の方へと駆け出す。
「ねぇさん、ねぇさん!見てごらんよいたいけな少女の痛そうな顔だよ!」
振り返るレイリー。しかしそこにリースの姿はなかった。
リースの両足には深々とナイフが突き刺さっており、とても歩けるとは思えない。
「私の部下をずいぶんと可愛がってくれたようだな。」
振り向くレイリー。間一髪で斬撃をかわす。
「また女性の登場か。本当に残念だな。」
「私はローズ・ヴァルキリア。最早貴様一人の命では到底償えんが、まぁとりあえず死ね。」
ケイトは兵士たちが出はらった隙に屋敷に忍び込んだ。残っていた使用人たちをロープで縛り上げて、レイアを探す。
レイアは小さな倉庫にいた。ケイトの顔を見て再び泣き出すレイア。
「ケイトちゃん・・・ゼロさんが。」
「わかってる。でもきっと生きてる。ここを出て一緒に探そう。」
「本当ですか?本当に生きていると思いますか?」
レイアはゼロの帽子を握りしめ、涙をポロポロ流す。
「本当。ゼロはきっとどこかで傷を癒してる。」
ケイトはそう答えるが、もちろんそんな保証はなかった。ゼロは致命傷を負って、目の前で倒れた。そしてその顔からは明らかに生気が感じられなかった。だがここで事実を伝えてしまえば、レイアは自ら死を選ぶかもしれない。そんな不安が頭をよぎった。
レイアの顔に生気が戻る。
「行きましょう!探しに!」
元気よく立ち上がり拳を握るレイア。
グ~~
お腹の鳴る音がする。
「ま、まずは食事といたしましょう!」
ローズとレイリーの戦いは熾烈を極めた。
剣技は圧倒的にローズが上だが、怪我が完治していない為か動きが鈍く、レイリーの攻撃を避けきれない。一方レイリーの攻撃もローズの鎧に遮られ、決定打に欠ける。
「中々やるじゃないか。一撃でもその剣をくらったらヤバそうだ。ところで先程から脇腹を気にしているようだが、どうかしたのかい?」
怪我を見透かされ、あせるローズ。
「気にするな。貴様には関係の無いことだ。」
レイリーは鎧の上からローズの脇腹に蹴りをいれる。
「ッ!」
傷口が開き、鎧から血が滴る。
「これはひどい傷だ。誰なんだい?女性の体に刃を突き立てる下衆野郎は。」
そういいながらもレイリーは傷口を狙って執拗に攻撃を仕掛ける。
上官のピンチにリースはガチガチと震えることしかできなかった。
「早く死んでくれよ。俺はゼロを殺しに行かなくてはならないんだから。」
「ゼロ、だと。」
ローズが脇腹をおさえながら反応する。
「なんだい?知っているのか。居場所も知っているのかい?」
「ああ、知っているとも。あの世さ。」
ローズのその言葉を聞いて、レイリーの顔が険しくなる。
「何だって?死んだ?ゼロが?」
ローズの脇腹を見るレイリー。
「まさかお前が殺ったのか?いやいやそれはないな。ゼロは仮にも俺をやぶった男だ。お前が勝てるとは到底思えない。」
レイリーから殺気が溢れ出る。
ローズは鎧を脱ぐ。服を引きちぎり、腹に巻く。
「試してみるか?」
素早さが上がるローズ。だがそれでもレイリーとたいして変わらない。
「確かに動きはよくなったけど、その分防御がからっきしじゃないか。」
捌ききれないレイリーのナイフが、容赦なくローズの肌を切り裂く。
ローズは剣を振り下ろす。後ろに下がるレイリー。その隙に落ちているナイフを拾い、ムースのいる棺桶の方に投げるローズ。
「ねぇさん!」
急いで棺桶に走るレイリー。ナイフはムースには当たらなかったようだ。
安堵するレイリー。
「貴様、よくも!」
振り返るとそこにはローズとリースの姿は遥か遠くにあった。
ローズはリースを抱えて必死に走っていた。
「お、降ろしてください大佐!追い付かれてしまいます。」
「口を閉じていなさい。」
命からがら帝都へと戻る二人。後方にはまだレイリーの姿はない。ボロボロの二人を見て兵士たちは慌てふためく。
「私たちの事はいい!すぐに将校たちを呼べ!残ったものは民間人を避難させろ!」
駆けつけた兵士たちに指示を出すローズ。
リースを降ろし、傷の具合を診る。ナイフはそれぞれ骨まで達していた。ナイフを引き抜き、手当てをする。
「痛むか?我慢しろ。」
リースは歯をくいしばって必死に耐える。そして自分の非力さを嘆く。
「私は、何もできませんでした。」
ローズはリースを抱き寄せる。
「それは私も同じだ。ヤツは恐らく報告のあったゼロの元同僚だろう。あんな連中が20人以上いるというわけか。堪らないな。」
リースを抱くローズの腕は震えていた。
「だが我々が屈することは無い。屈してはいけない。私はもう行く、お前は休んでいろ。」
ローズは立ち上がる。体はまだ震えている。
「私もついていきます!と言いたいところですが、お邪魔になるだけですね。ここで帰りをお待ちしてます。御武運を。」
帝都の入り口には兵士たちが集まっていた。
「敵は一人!だが決して侮るな!私の手にも余る相手だ!全身全霊をもって敵を殲滅せよ!」
ローズの掛け声と共に一斉に港に向かう兵士たち。
帝国軍vs麗殺のレイリー。軍配はどちらに上がるのか。




