episode 375 「怒りの理由」
すさまじい斬激がレヴィに向かって飛んでいく。既に左半身しか残されていないレヴィは抵抗することは叶わず、右半身と一緒に吹き飛ばされたエクスカリバーに手を伸ばす。
「……逃げるわよ」
メディアはレヴィの敗北を悟り、マスターと共に逃走を図ろうとする。
「行かせると思うか?」
アテナはレヴィから目を離し、メディアが作り出したゲートに斬りかかる。ゲートはアテナの力によって消滅し、メディアは逃げることが出来ない。
「メディア様! ここは俺が!」
「魔族が助け合いか? 反吐が出る」
メディアの前に飛び出したマスターを切り捨てる。マスターはぼろ雑巾のように打ちのめされ、一瞬のうちに動かなくなる。
「貴様は魔族の中で一番眷属が多いと聞いていたが、貴様が一番孤独のようだな」
兄を殺され、側近を殺されてもなお、メディアの顔には悲しみ一つ浮かんでいなかった。
「そうね。私にとってはコマでしかないもの」
メディアの足下に沈むマスターを見ながら答えるメディア。もうアテナに対抗する手段は一つも残されていなかった。あるとすれば姉であるマリンが現れることぐらいだが、怠惰を絵に描いたようなマリンが現れる可能性はほとんどゼロに近かった。
「去らばだ、魔族メディアよ」
アテナの剣に浄化の力が集まっていく。エクスカリバーから解き放たれたその力は最上級の魔族であるメディアを一撃で粉砕できるほどの力が溜まっていた。
アテナの腕が止まる。確かにレヴィは葬り去った。だが背後からはまだ彼の強い気配が漂っていたからだ。
(エクスカリバーが離れたことでやつの力も解放されたか? だがならば、私の浄化の力ももろに受けている筈……生き残れるわけが)
恐る恐る後ろを向くアテナ。そこには魔獣へと姿を変えたレヴィの肉片が転がっていた。
(やはり私の攻撃は効いて……だがまだ生きている)
レヴィの肉片はモゾモゾと動き、もとの形に戻ろうとしている。
「生命力の高さは驚異的だが、今の貴様はあまりにも貧弱……殺すのは容易だ」
アテナは剣を握りしめる。アテナの言葉の通り、今のレヴィには何も出来ない。おそらくもう一度浄化の攻撃を食らえば肉片は跡形もなく消しとんでしまうだろう。
(そうなれば私は終わり)
メディアはアテナがレヴィに気をとられている一瞬の隙にエクスカリバーを奪取する。
(エクスカリバーを奪われたか。だが今はレヴィを葬るのが先)
アテナはメディアに構わずレヴィへの止めを優先する。メディアはゲートを開こうとするが、エクスカリバーの力が邪魔をしてうまく開くことが出来ない。
(流石は神封じの剣ね。人一人分のゲートは到底開けない、でも肉片の兄さんを飛ばすくらいはできるわ)
アテナの剣が振り下ろされたのとほぼ同時にレヴィの無数の肉片は同じく無数のゲートによってどこかに飛ばされる。
「兄を逃がしたつもりか?」
「そうね。そうならいいけれど。きっと兄さんは戻ってくるでしょうね。あなたにやられたままだなんて自分自身を許せない人だから」
メディアはエクスカリバーを構える。
「人ではない。貴様らは魔だ」
レヴィは暗闇のなかで怒りを蓄えていた。
「糞が! 糞が! もどきが! 人ごときが! この俺をコケにしやがって!」
痛みと苦しみが怒りに変換され、力として蓄積していく。
「ジャンヌ……アテナ……貴様ら一族は皆殺しだ! 一人残らず凌辱し、生まれてきたことを後悔しながら死んでいけ!」
体は少しずつ結合していき、力がみなぎってくる。
「メディア、お前にはいい機会をもらった。長年兵士として軍に仕え、なまってしまっていた俺の魔族としての本能を呼び覚ますことができた」
レヴィの体は完全に元通りとなり、その怒りが身体中から溢れ出す。
「今いくぞ、偽神!」
レヴィはゲートを開き、元居た場所へと舞い戻った。
「遅かったな」
アテナがメディアのに止めを刺しながらレヴィに告げる。メディアはエクスカリバーを握りしめたまま死亡していた。
「……バカな女だ。逃げれば良いものを。俺が復活するまでの時間稼ぎをしたつもりか?」
レヴィはメディアに対して特別な感情を抱いていたわけではなかった。妹を思いやる性格でもなく、死のうが生きようがどうでもいい存在だった。筈だった。
(何だ? 何なんだ?)
レヴィの内側から激しい怒りが沸き上がる。
(なぜ俺はこんなにも震えているんだ?)
過去感じたことが無いほどの怒りに包まれるレヴィ。力がどんどんと増幅していく。
「まあ、何でもいい。貴様を殺せれば、それでいい」
レヴィは再びアテナに向かって剣を突き出した。




