episode 373 「魔の島」
十闘神第四神アテナ、その神々しさはまさに神だった。オイゲンは膝ま付いたまま顔を上げることも出来ない。
「お前は魔か?」
オイゲンの頭上から声がする。明らかに自分に向けて発せられた言葉だ。言葉を間違えれば命を落とす、そう思い知らされる。だが、声が出ない。口を開くことすら出来ない。
(早くしなければ……!)
アテナはオイゲンの頭に手を触れる。サイズとしては普通の女性と変わらないものだが、その重みは決して鎧のせいだけではないだろう。
「なるほど記憶を消されたか。ならばお前の奥底にあるお前自身の根源を覗かせてもらおう」
アテナはオイゲンの頭に手をのせたまま目を閉じる。マスターにとっては攻撃にせよ逃亡にせよ絶好のチャンスのはずだが、彼もオイゲン同様にその場から一歩も動けずにいた。
(これが神、十闘神……メディア様の母、そして全ての魔の産みの親である魔女を封印した一人か)
これから何をされるか、そんなわかりきっている未来を笑うマスター。抵抗しようとする心さえも消え去っていく。
オイゲンの中を覗いたアテナはゆっくりと手を離す。
「魔ではない。だが、貴様は悪だ」
離した手を腰につけた剣へと伸ばしていくアテナ。しかしその手が剣へと届く前に後ろを振り返る。
「どけ」
そこにはゼロが立っていた。
「貴様は中を覗くまでもない、悪だ」
「どけ!」
ゼロはナイフ一本で神に向かって飛び込んでいく。剣へと手を伸ばしかけたアテナだったが、その手は剣へは届かず、またゼロのナイフもアテナには届かない。
「……!」
アテナは突如目の前から姿を消した。いや、アテナだけではない。そこに居たはずのマスターの姿もない。残されたのはゼロと失神するオイゲンだけだった。
「久しぶりね、アテナ」
アテナは辺りを見渡す。声の小隊は目の前の魔族メディアであることに間違いはない。そして彼女の周りに渦巻く存在、おそらく魔族のなりそこないだろう。
「貴様ら魔族のゲートとやらか」
アテナはマスターと共にメディアのゲートによってこの島へと飛ばされた。この島自体もメディアによって作り出された物のようで、島全体から魔の気配が立ち込めている。
「ここは私の島、私の楽園、私の世界。あなたはその世界に迷いこんだ哀れな少女」
メディアが天に手を掲げる。すると背後に控える万の軍勢が戦闘体勢に入る。
「神を従えるのも面白いと思わない?」
手を振り下ろすメディア。すると軍勢がアテナめがけて突進していく。たった一人の女性はあっという間に飲み込まれ、軍勢はそれでもどんどんと押し寄せていく。
「面白くはないな。貴様ら魔族がはびこるのは」
アテナは剣を一振りする。すると彼女の半径五メートルほどに居た魔は跡形もなく浄化され、消えていった。
「それがかの有名な祓魔の剣ね」
メディアは光輝くアテナの剣を指して問いかける。
「如何にも。だが貴様ら魔を祓うのに剣など必要ない。この私の魂、この私の意思、この私の信念で貴様らを根絶やしにしてやろう」
アテナからとてつもない光が放たれる。
「め、メディア様、あの光は……」
メディアの傍らにいるマスターが問いかける。
「あれはアテナの力、浄化ね。直視すればあなたでも消されるわ」
メディアは冷や汗を流しながら答える。その動揺は正しく、彼女の周囲に居た魔は全て跡形もなく消えていった。
「さて、あとはお前たちだけだが」
万の軍勢はほんの数分で全て消え去った。残されたのはメディアとマスターのみだ。
「まずは一人だ」
アテナはメディアに向かって突っ込んでいく。メディアあっても、全身に浄化の光をまとったアテナの攻撃を無傷で受けきるのは至極困難。だがメディアの顔は恐怖には染まっていなかった。
「切り札がないとでも思っているのかしら?」
メディアとアテナの間にゲートが開く。
「こざかしい。その程度の魔力など私には通用しない」
アテナは剣を取り出し、ゲートに斬りかかる。だがゲートから伸びた剣によってその攻撃は受け止められてしまう。
「……なんだと」
アテナは驚愕した。剣を受け止められたことではない。ゲートから現れたということは、少なくとも魔に関係のあるものの筈だ。そしてアテナの剣は全ての魔に対して無敵の剣だ。だがこの相手は受け止めたばかりか押し返そうとしている。
(魔ではない? だがならばどうして)
ゲートの奥からは魔族の臭いが立ち込めていた。そしてゲートから現れたのはやはり魔族だった。それも極上の。
「傷の具合はどうかしら? 兄さん」
「ああ、病み上がりの相手としては不足ない」
レヴィ、魔族の長男が現れた。




