episode 367 「追跡者」
弾は全弾ゼロめがけて飛んでくる。避けきることはできないし、当たればまず助からないだろう。
観客はまだ気がついていない。唯一事情をしる実況だけが固唾を飲んでゼロの行方を見ている。
「さらばだ。強きものよ」
マスターはゼロの死を確信し、自分の席へと戻っていく。そのすぐあと、観客の悲鳴でゼロの死はさらに確立されたものとなる。
「……な」
自分の男は思わず拡散器を手に取り、自分が目にした光景を観客に伝える。
「な、なんということだぁ! 突如狙撃されたゼロをチャンピオンがかばっただとぅ!」
「なに!?」
その声を聞いてマスターは急いで会場を見下ろす。そこにはゼロに覆い被さるオイゲンの姿があった。
オイゲンの鋼の肉体は銃での攻撃を完全に弾き飛ばし、ゼロを死から回避させた。
「……オイゲン。やはりオイゲンなのか?」
ゼロは覆い被さるオイゲンに尋ねる。
「ゼロと言ったな。貴様が先程口にしたセシルとやらについて、どうやら俺は知る必要があるらしい」
オイゲンは若干動揺を見せるゼロに向かって告げる。そしてゼロを持ち上げ、会場の壁に向かって渾身の一撃をはなつ。会場の分厚い壁は簡単に崩れ落ち、オイゲンとゼロはその穴から外へと飛び出す。
「捕えろ! なんとしてもチャンピオンを行かせるな!」
マスターが警備員たちに命令を下す。観客が撃たれたこと、そしてチャンピオンがまさかの逃走で会場は大騒ぎだ。おかげで警備員たちはうまい具合に身動きがとれず、ゼロたちを追いかけることができずにいた。
「どけ! 撃ち殺しても構わん!」
マスターは銃を天に向かって乱射しながら会場に乗り込んでくる。それを見た観客たちはさすがに騒ぐのをやめ、自らの安全を確保する。
マスターはレックスとロミーに近づいてくる。
「貴様ら、チャンピオンとゼロを捕らえてこい! 金ならいくらでも出す! チャンピオンを生かして連れてこい! ゼロはぶち殺して構わん!」
金を地面に投げつけながら二人を怒鳴り付けるマスター。二人はさほど金に興味はなかったが、ここで逆らってもろくなことにはならないと理解していた。
「えらいことになっちまったな!」
「まったく、私の試合はどうなるんだよ!」
レックスとロミーは不満をたらしながらも、楽しげな顔でオイゲンの開けた穴から二人を追いかける。
「下ろせ! 俺は金が必要なんだ!」
オイゲンに抱えられたままのゼロが叫ぶ。
「下ろせば貴様はやつらに捕まる。そうすれば金どころではない。間違いなく殺される」
オイゲンはそう答え、後ろを振り返る。まだ追っ手は来ていないが、ゼロの滴る血が二人の居場所を知らせている。足を止めれば追い付かれるのは時間の問題だ。
「とか思ってる?」
いきなり二人の前で声がする。そこにはロミーが立っていた。
「ロミー・チルッタだったが。一体何のようだ? 返答によっては貴様を殺さねばならん」
オイゲンはロミーに対して敵意を剥き出しにする。
「はぁはぁ、速すぎだぞおめぇ!」
後ろからレックスもやって来る。オイゲンとゼロは二人に完全に挟み撃ちにされてしまった。
「マスターが君たちを捕らえろってさ」
ロミーが構えをとる。
「金か……?」
「んーま、お金は欲しいけどさ……騒ぐんだよね、血が」
ロミーはいきなりオイゲンに襲いかかった。
「一回戦いたかったんだ! 試合じゃなくて、本当の戦いを!」
ロミーの拳がオイゲンの胸に直撃する。実に鋭い突きだったが、ただの突きではオイゲンにダメージを与えることはできない……筈だった。
「ごっ!」
実際はオイゲンは血を吐き出し、胸を押さえる。
「加護……か!?」
「加護? ううん。神様になんか頼らないでも人は人を殺せるんだよ?」
オイゲンに更なる追撃を加えようとするロミー。だが強烈なゼロの殺気に気がつき、後ろへと下がる。
「ゼロ、君にとってもチャンピオンを倒せるいい機会じゃないか。邪魔しないでよ」
「断る。オイゲンは俺の仲間だ。ここで痛め付けられているのをただ見ていることなどできない」
ゼロはポケットから小型のナイフを取り出す。
「あー! 検査で武器はとりあげられたはずでしょ!? なんでもってるんだよう!」
「俺は元殺し屋だ」
「答えになってない!」
ロミーは標的をゼロにかえ、襲ってくる。ゼロもまた、自分の身を守るためにナイフを握りしめる。
「ちょっと待った! そこまでだ!」
レックスが二人の間に割ってはいる。だがゼロとロミーは止まらない。
「ちょっちょっちょ!」
間一髪で二人の攻撃を避けるレックス。しかしすぐにオイゲンの攻撃が飛んでくる。
「どわっ!」
オイゲンの攻撃もまた紙一重で避けるレックス。
「貴様も敵ならここで死んでもらう」
「なんだってんだよ!」
仕方なく拳を構えるレックス。組み合わせは変わってしまったが、奇妙な形で準決勝が始まろうとしていた。




