episode 366 「ゼロVSオイゲン」
会場の観客の歓声に、実況の声は完全にかき消された。二人に試合開始の合図は届かなかったが、戦いはとっくに始まっていた。
(この男……確かゼロと言ったか。まるで隙が無い。明らかに今までの出場者とは次元が違う。だが……)
オイゲンはその太くて大きい腕を振り上げる。
(俺に隙など関係ない。その上から叩き潰す)
凄まじい風圧と共に襲いかかってくるオイゲンの腕。
(直撃すれば即死、かすっても重傷、ならば避ける以外に選択肢はない)
後ろへと飛び退くゼロ。オイゲンの攻撃は空をきるが、その衝撃はゼロにまで到達する。
「くっ!」
風圧でさらに後ろへと押し出されるゼロ。立っていることが困難になる。
「これは明確に隙ありだ」
オイゲンの拳に力が宿る。
(来る! だがやつのスピードなら充分に回避できる!)
回避に専念するゼロ。オイゲンからゼロまで二メートルはある。これだけ離れていれば拳が届くまでには体勢を立て直せるだろう。
だが、オイゲンの拳はゼロではなく、地面に叩きつけられる。地面は抉れ、会場を大きな揺れが襲う。ゼロは更に体勢を崩し、オイゲンは抉れた地面を思い切り蹴りあげる。剥がれた地面が槍のようにゼロに向かって飛んでいき、ゼロの肉体を抉りとる。
「がはっ!」
うまく体をそらすが、それでも全ての攻撃を避けきれはしなかった。地面の破片が足や腰、腕に刺さっていく。
「決まったぁぁぁぁぁ!」
明らかな致命傷に実況の声が跳ね上がる。会場のボルテージもマックスだ。
「棄権しろ」
地面に手をつくゼロに告げるオイゲン。
「断る」
即答するゼロ。
オイゲンは目をつぶり、少し険しい表情をする。だが、すぐに目を見開き、再び殺気を拳に込める。
「ならば死ね」
オイゲンはゆっくりとゼロに近づいてくる。
「俺が死んだら……お前に託す」
ゼロがなにやら口走っている。
「何を言っている? 命乞いになっていないぞ?」
たとえ命乞いであったとしても、オイゲンに見逃す気は一切なかった。このゼロという男を見ていると何故だか頭が痛くなる。
「レイアを……セシルをお前が救い出せ」
オイゲンの脳天に雷が落ちた。それほどの衝撃だった。
「セシ……ル?」
オイゲンの動きが止まる。観客の歓声も次第にどよめきへと変わっていく。
「何止まってんだチャンピオン! ぶっ殺せ!」
「ほらそこよ! もう少しで中身が飛び出すわ!」
観客の声など一切耳に入ってこないオイゲン。
「悪いがオイゲン、俺は死ぬわけにはいかない。たとえ卑怯と罵られても、お前に勝たなければならない」
耳に入っていないだろうと予測をたてながらも語りかけるゼロ。そして無防備なオイゲンの顔面めがけて蹴りを繰り出す。
鋼の肉体を持つオイゲン。ゼロの攻撃を受けてもそう簡単にダメージは入らない。だがそれでもゼロは攻撃を続け、とうとうオイゲンは片膝を地面へとつけた。
観客のどよめきは別の興奮へと変わっていく。
「いいぞゼロ! その木偶の坊やっちまえ!」
「よく見ればゼロの方がイケメンだわ!」
「新チャンピオン誕生だ!」
沸きに沸く会場。それを見た実況もゼロの勝利の瞬間を逃すまいと拡散器を握りしめる。
そしてついにオイゲンがもう片方の膝をついたとき、口を大きく開ける実況。しかしその口は別の男によって閉じられる。
「マスター……!」
拡散器を取り上げられた男は文句を言おうと振り返るが、そこに居た男の顔をみて驚きを顕にする。
「勝負はここまでだ。ゼロを射殺する」
マスターと呼ばれたきらびやかな衣装に身を包んだ男は実況にそう伝え、会場に配置されたスナイパーたちに指示を送る。
「な、なぜですマスター! ゼロはチャンピオンにふさわしい……」
マスターは実況の男をギロリと睨み付ける。
「お前の口は何のためについている?
私に口答えするためか?」
実況は口を閉じ、必死に首を横に振る。
「宜しい」
スナイパーたちは指示を受け、ゼロに狙いを定める。ゼロもまた複数の殺気に気がつき、会場を見渡す。
(五、いや六か。厄介だな。一体何をたくらんでいる。その位置から俺を狙えば観客も巻き沿いに……)
だがマスターの手が振り下ろされた瞬間、スナイパーたちは発砲する。その弾は観客を撃ち抜き、そのままゼロに向かって飛んでいく。
「なっ!」
無数の弾がゼロを襲う。回避不可能、その言葉が脳裏をよぎる。
「オイゲンこそがチャンピオンだ。君のようなガキは要らないんだよ」
その様子を見ているマスターはニヤリと笑った。




