episode 357 「不良のアジト」
ゼロは闇の中でうなされていた。たったひとりぼっちでもがき苦しみ、あてもなくさ迷い続けた。必ず助けると心に誓ったレイアへの手がかりを見失い、自分を支えてくれたリザベルトもオルフェウスに連れ去られてしまった。
(レイア……リザベルト……)
だがそんな闇の中にも微かに光が見えた。ゼロは必死でその小さな光を目指し、ひたすらに走った。レイアがそこで待っているというあり得ない希望を抱きながら走り続けた。
やがて明るさに暖かさが加わった。さらにいい匂いが加わり、徐々に意識がはっきりとしてきた。
「レイア!」
「うわ!」
レイアの名を叫びながらゼロが目を覚ました。当然そこにレイアの姿はなく、代わりに見慣れない女性の姿があった。
「気がついたかよ?」
頬を赤らめながら女性が心配そうに声をかけてくる。ゼロはその女性を警戒し、寝床から起き上がろうとするが、激しい体の痛みがそれを許さない。
「ぐあっ!!」
「ちょっ! まだ動くなよ! 傷が塞がってねぇーんだぞ!?」
女性がゼロに触れようとすると、ゼロはそれを激しく拒絶する。
「触るな!」
ゼロから放たれる強烈な殺気に、女性の伸ばした手は直ぐに引っ込められる。
「で、でもよ……」
それでもゼロに構おうとする女性に対してさらに悪意を向けるゼロ。動かない体の代わりに目で女性に敵意をぶつける。
「姉御! どうかしたんすか!?」
騒ぎを聞き付けてしたっぱたちが部屋へと乗り込んでくる。
「おまえらっ! 勝手に入ってくんな!」
「でも姉御!」
続々と入り込んでくる男たちに、ゼロの敵意は更に膨れ上がっていく。そんなゼロの敵意に全く気がつかない男たちは、女性を慕うあまりゼロに対して過剰に敵対心を燃やしている。
「おいおいにぃちゃん、元気そうだなぁ! 姉御にあんまなめた態度とってるとよ、ぶっとばすぞオラァ!」
「おい、やめ……」
止めようとする女性をおしきり、ゼロの髪を掴むしたっぱ。だが、したっぱと女性はゼロの突き刺さるような視線に心臓を貫かれる。
「失せろ……」
その一言で止めを刺されたしたっぱは、悲鳴を上げながら逃げるように部屋を後にした。
すっかり静かになり、ようやく落ち着いたゼロは改めて自分の置かれた状況を整理していく。
(ここは……)
当然オルフェウスと出会った荒野ではなかった。どうやってここへたどり着いたのか全く覚えてはいなかったが、よく見れば見覚えのある場所だった。
(メイザース、レヴィと戦ったあの神殿か……)
この神殿にはあまりいい思い入れはなかった。メイザースもレヴィも結局ゼロ一人では全く歯が立たなかった。それどころか今までどの魔族もゼロはまともに戦うことすらできていない。
(俺は本当に、レイアを助け出すことが出来るのか?)
ここへ来て少し不安になるゼロ。
「わるかったな……騒いじまって」
隣から聞こえてくる声に顔を向けるゼロ。先ほどの威嚇で全員消えたものだと思っていたが、女性はまだそこに座っていた。
「俺が怖くないのか?」
ゼロの問いかけに女性は少しもじもじしながら答える。
「や、むしろカッコい……」
自分が思わず口走ったことを必死に咳払いで隠す女性。その敵意の無い姿に、ゼロの警戒心も少しずつ薄れていく。
よくよく考えてみればここへ運んでくれたのも、この傷の手当てをしてくれたのもこの女性なのだろう。ゼロは体を無理やり動かし、女性に手をさしのべる。
「いや、謝るのは俺の方だ。すまなかった。俺はゼロだ」
さしのべられたその手を、目を見開いて見つめる女性。それが自分に向けられたものだと気がつくと、必死で掴み返して思い切り振る。
「あ、あたしはアカネ! アカネだ! 宜しくな、ゼロ!」
アカネは満面の笑みで自己紹介をする。リラの時とは違い、笑顔を向けられてもゼロの中に微塵も悪意は沸いてこなかった。むしろそれとは逆の感情が溢れてきたことに、ゼロはまだ気がついてはいない。
ようやくゼロの警戒心が解かれたことで素直に喜ぶアカネ。だが、ゼロが目覚めたときに叫んだ「レイア」という名前が頭から離れなかった。
(誰なんだろ、レイアって……)
少し寂しい気持ちになるが、今この瞬間を単純に楽しもう、そう思うアカネだった。




