episode 354 「覚醒」
リラが意識を失ったことで、必然的にアーノルトを拘束していた砂も解かれる。アーノルトは体に付いた砂を払いながら、再び戦場へと足を踏み入れる。
「……相討ちか」
すぐさま倒れているリラと、その直ぐ先で気を失っているゼロを発見する。ゼロはぼろ雑巾のように擦りきれ、彼の周囲には血だまりが出来ていた。
アーノルトはゼロを無視し、リラの体を持ち上げる。
「既に瀕死状態で武器もなかったとはいえ、おまえがゼロと相討ちに持ち込めるとは考えてもいなかった」
アーノルトはリラの体をワープゲートの方へと運び、そしてその向こうへと投げ捨てる。
「だが、お前はここまでだ」
リラを処理したアーノルトの耳に剣劇の音が聞こえてくる。音の正体は勿論パーシアスとリザベルトの戦いだ。
「リザベルト・ヴァルキリア……優秀な姉を持ち、六将軍にまで選ばれ、どんな気持ちだ? それでいてなんの成果も残せず、姉やガイア・レオグールを敵の手にまんまと渡す……どんな気持ちだ!?」
パーシアスが意地の悪い顔でリザベルトに問いかける。
「貴様らが……姉を、レオグール准将を!」
ローズとガイアが囚われていると知り、リザベルトの剣は更に威力を増す。おそらく一緒に行ったシオンも敵の手に落ちたのだろう。
「おっと、直接手を下したのは我々ではない。我らの主、魔族オルフェウスだ」
「やはり魔族の手先か!」
リザベルトは怒りに震える。
「貴様は腐っても人間だろう!? なぜ魔族に力を貸す!」
「昔からよく言うだろう? 長いものには巻かれろ、と」
パーシアスはリザベルトの剣を受けながら違和感を感じていた。
(妙だ……マーク・レオグールならともかく、なぜこの女にここまでの力がある? とても中尉のそれとは思えん)
リザベルトもまた、自分の力にかつてない高まりを感じていた。
(この男に対して敵意を向けるほど、悪を滅したいと思えば思うほど、力がみなぎってくる……ふ、死が近いのかも知れないな)
リザベルトは最後の力を振り絞り、パーシアスに向かっていく。
「むっ!」
その力はパーシアスに追い付き、そして次第に引き離していく。
「はぁぁぁ!」
「バカな!」
パーシアスの剣を弾き飛ばし、その喉元に剣を当てるリザベルト。
「終わりだ、悪党」
「くそっ! イルベルト、イルベルト!」
退却しようとイルベルトの名を叫ぶパーシアスだったが、イルベルトから返事は帰ってこない。
「ん、何か呼ばれたような気配が……」
イルベルトがオルフェウスの屋敷で何かを感じとるが、パーシアスの存在には気がつかない。
(く……そういえばオルフェウスの指示でイルベルトは連れてきていなかった……勝手にここに出入りされるのが嫌だとかなんとか……)
「懺悔はすんだか?」
「クソガァァ!」
リザベルトが剣を振り下ろすが、今度はアーノルトが割って入る。
「お前、本当にさっきの女か?」
「……どういう意味だ」
アーノルトはリザベルトの剣を受けたクナイから伝わってくる振動に違和感を覚えながら問いかける。
「加護か……」
「加護? そんなもの私は持っていない」
アーノルトの蹴りがリザベルトを襲う。だがリザベルトはそれを華麗に回避し、後方へと下がる。
「なら今のそれをどう説明する? 先ほどのお前ならば腹を抱え、うずくまっていた場面だろう」
確かにリザベルト自身不思議には思っていたが、生まれてこのかた加護の恩恵を受けたことは一度もなく、この力も火事場のくそ力のようなものだと捉えていた。
「今この場で発現したとは考えにくい……ならば眠っていた加護が覚醒したということか」
ますます意味のわからないリザベルト。
「お前があの女の妹だというのなら、何もおかしな話じゃない」
アーノルトはジャンヌとの戦いを思い出しながら続ける。
「あの女は言っていた。お前たち姉妹はヴァルキリア、すなわちアテナの加護を生まれながらにして受けていると」
リザベルトに電撃が走る。正に青天の霹靂。
「なんだと……?」
理解が追い付かないリザベルトにアーノルトが更に付け加える。
「お前たち姉妹は十闘神アテナの子孫だ」
アーノルトのその言葉でリザベルトの頭にかかっていた靄が完全に消え去る。
「はは」
口元が緩むリザベルト。
「ははは」
笑いが溢れてくる。
「はははは! なるほど! ならば私は貴様ら悪を滅する神の代理人と言うわけだ! 通りで力が湧いてくる!」
豹変するリザベルトから目を離さないアーノルト。
「来い! 悪党! 私が貴様を滅ぼしてやる!」
リザベルトから力が溢れる。正しく神の力。以前にもこんな事があったなと、思い出したくないジャンヌの顔を思い出しながらクナイを握りしめるアーノルト。
「では行こう。俺は俺のため、貴様らがかざす正義とやらを踏みにじってやろう」
二人は衝突する。互いの正義の為に。




