episode 342 「魔獣軍団」
辺りを見渡しても出口らしき場所はどこにもない。悪い予感は当たるものだなと、歯を食いしばりながら必死で駆けていくゼロ。リザベルトはジャンヌの事が諦めきれず、未だにゼロの上で暴れている。
「いい加減にしろ、リザベルト! 状況がわからないのか!」
背後からも前方からも左右からも魔獣たちが追いかけてくる。やつらがどれ程の戦闘能力を有しているかは定かではないが、暴れるリザベルトを押さえながら戦えるほどの余裕は無いだろう。
「ゼロ! 姉上だぞ!? 私の姉上だ! 心配して何が悪い!」
虎のような形をした背後の魔獣が牙と爪を向けて襲いかかってくる。その牙と爪は現実の虎よりも遥かに鋭く、鉄板ぐらいなら切り裂けそうだ。もちろんゼロたちの肉体など簡単に絶命させられる。
「離れろ!」
ゼロはリザベルトを突き飛ばす。魔獣の爪がゼロの脇腹をかする。服は簡単に敗れ、新鮮な血が噴水のように吹き出す。
「くっ!」
ゼロは地面を転がりながら銃で魔獣を撃ち抜く。万が一銃が効かなかったらと考えていたが、なんとかダメージは与えられるようだ。
ゼロの負傷した姿を見てようやくリザベルトも現実に戻ってくる。
「ぜ、ゼロ!」
「……わかっただろう、これ以上は二人とも命に関わる。」
今度はゼロがリザベルトに背負われ、魔獣の群れから逃げていく。
「済まない。少し、取り乱した」
ゼロに肩を貸しながら謝罪するリザベルト。
「いや、いい。もし俺がお前の立場なら同じ事をしていただろう」
ゼロの言葉に若干救われる。
威嚇射撃を続けながら逃げるが、魔獣に引く気配はない。弾もそろそろ底をつきようとしている。絶体絶命と言わざるを得ない状況まで追い詰められていた。
「もう、ダメかもしれないな」
リザベルトから弱気な発言が飛び出る。姉を失い、仲間は自分のせいで傷付き、逃げ場もない。兵士とはいえ十代の少女には厳しすぎる状況なのかもしれない。
「希望がないわけではない。扉がないと言うのなら、開かせればいい」
ゼロは諦めてはいない。
「他の魔族が来るまで待つと言うことか?」
正気の沙汰とは思えないといった顔でゼロに問いかけるリザベルト。
「そうだ。それまで生き残れれば、だがな」
ゼロはまだ魔獣へと変化していない木を指差す。
「先にあそこの上へ移動しろ。俺が時間を稼ぐ」
「バカを言うな、一人でこの数を相手にすると言うのか!? 私も一緒に……」
ゼロはリザベルトに背を向けながら彼女の顔の前に人差し指を立てる。
「忘れたか? 俺は強い」
振り返り、ぎこちない笑顔でリザベルトにそう告げるゼロ。リザベルトはそれ以上何も言わなかった。その顔がとても心強く、そしてとても頼もしかったからだ。
リザベルトが木に向かって走り出すと、魔獣たちもリザベルトを追いかけて走り出す。が、急にその足を止めてゼロの方を向く。
「お前たちの相手は俺だ」
ゼロの強烈な殺気に怯え、一瞬立ち止まる魔獣たちだったが、すぐに標的をゼロに変えて襲いかかってくる。
(やはり消えてはくれないか)
ゼロは精神を統一させる。深く、黒く、沈んでいく。
「……来い」
魔に染まり、魔によって支配されている魔獣たちが、ゼロの目に怯える。だがそれと同時に魔獣たちの闘争本能が掻き立てられる。
「ガァァァァァ!」
雄叫びとともに魔獣たちが襲いかかってくる。やつらの目も先ほどまでの獲物を追いかける目ではなく、敵を仕留める目へと変貌している。どちらかの命つきるまで戦い続ける、そんな目だ。
ゼロはドクドクと血が流れ出る脇腹を押さえながら銃を構える。命と命のやり取り。かつての自分を思い出す。ゼロから殺気以外のすべての感情が消え去る。
殺し屋、惨殺のゼロ。今、過去の自分を呼び覚ます。




