episode 331 「氷牙一族」
雪乃の件は村中にすぐに知れ渡った。もちろん娘である紫音のもとにもその話は届いた。
「……お母さん」
初めてみる母親の面影が残る品。
「どうして? 氷牙一族の女は出産のあと死んで、その遺物もすべて埋葬されるんでしょ?」
紫音が村長に問いかける。
氷牙一族。人里離れて暮らすのには理由がある。
その特異体質、類いまれなる身体機能、整った容姿。そしてなぜか一族の女性は出産のあと必ず死んでしまう。
氷牙は世界に妬まれている、そう言う者も少なくない。ともかく氷牙の女性は呪われていた。
「もしかしてお母さん生きているんじゃ……!」
淡い希望を抱く紫音だが、村長はゆっくりと首を横に振る。
「それはない。お前がこうして生きているのが何よりの証拠だ」
「じゃあなんで!」
紫音は母親の着物に飛び付く。その目には大粒の涙を浮かべている。涙はきれいな氷の固まりとなって転がり落ちる。
「それは俺が説明しよう」
紫音たちの背後にはいつの間にか一人の男が立っていた。村の人々はその男に見覚えがあるようで、彼を見る顔つきが変わっている。
「誰?」
唯一その男の存在を知らない紫音が疑問を投げ掛ける。だがその疑問の答えを聞くよりも早く、シオンの体は村長によって隠されてしまう。
「貴様、今さら何をしに来た? 門番は何をして……」
そこで村長は言葉を失う。その男の両手から滴る血ですべてを理解したからだ。
「皆の者! この男を排除せよ」
村長の合図で一族の先鋭たちが男に襲いかかる。
「紫音、お前は下がっていなさい」
「いやだ! 私も戦う!」
紫音を男から遠ざけようとする村長だが、紫音は前へ出ようとする。
「紫音!」
村に平手打ちの音が響く。
紫音は頬をさする。思わず手を出してしまったことを後悔する村長だったが、それでも紫音をこの男に近づけるわけにはいかない。
紫音はここまで気をあらげている村長を見たことがなかった。村の者に連れられ、シオンは村の奥へと進んでいく。
「おじいちゃん……」
一族の先鋭たちは男を相手に苦戦を強いられていた。
「く、この男……」
氷牙拳法の使い手たちがことごとく攻撃をかわされる。
「いい気になるな……喰らえ! 第弐の形!」
拳法の使い手たちが一斉に構えをとる。
『双氷葬!』
通常の人間ならばこれを受けただけで内蔵は破裂し、再起不能となる。しかし男は思いもよらぬ方法でそれを回避した。
「なっ……」
男の目の前には氷の壁ができていた。一族の者たちが作り出すような氷の壁が。
「双氷葬、これが双氷葬だというのか? この未熟者度もめ。これが双氷葬だ」
男の手のひらに氷の膜ができる。それは瞬く間に鋭い固まりとなって、自ら作り出した氷の壁を粉々に叩き壊す。その破片が弾丸となって、一族の者たちを襲う。
「うわぁぁぁ!」
あわてふためく一族。その一族の前に一人の男が飛び出し、氷を弾き飛ばす。
「師範!」
現れたのは氷牙拳法最強の使い手である紫音の師匠だった。
「少しはやりそうな男が出てきたな」
侵入者はニヤリと笑う。
「貴様……どこでその技を? 貴様の入門は認めなかった筈だが……」
師範は男の腕をまじまじと見つめる。
「なにもお前から教わる必要はない。氷牙の継承者はお前だけではないからな。例えばお前の妹とか」
侵入者は血だらけの着物を指差す。
(く、雪乃……あれほど外の人間には伝えるなと言い聞かせていたというのに)
「だが、解せんな。なぜ貴様が氷を操れる?」
その言葉を待っていたかのように喋り出す侵入者。
「加護さ」
「かご?」
外の世界から切り離されたこの村の人々にとっては聞きなれない言葉だった。生まれつき力がある一族だが、なぜか加護をもつ者はおらず、その存在は誰も知らなかった。
「神がお与えになった力さ。もっとも俺が授かったのは氷の力じゃないがな」
拳を握りしめながら説明する侵入者。
「何でもいい。今すぐここから立ち去らないのなら、例え義弟とはいえ容赦はしない」
師範は拳に力を貯め始める。
「第捌の形……」
いつの間にか侵入者の足元は凍りついていた。
「来るか……来い!」
構える侵入者。
『絶氷!』
世界を砕く一撃が放たれた。




