episode 326 「フェンリーVSアーノルト」
フェンリーは様々な修羅場を越えて、自らのレベルアップを実感していた。
(こっちは二度も死んでんだ! そう簡単にやられるかよ!)
アーノルトの動きにもついていける気でいた。たしかにフェンリーは格段に力を上げていた。加護の発動速度も強度も範囲も以前とは比べ物にならないほど向上していた。身体能力も全盛期を迎え、非常に力に溢れていた。だがそれでもアーノルトとの差は途方もなく広い。縮まるどころかむしろ開いていた。
(くそっ! これでもとどかねぇのかよ!)
アーノルトのクナイはフェンリーの氷の脆い部分を的確に見極め、それを貫いてフェンリーの体に一撃を浴びせる。奥の手である血液による凍結も完全に見切られ、避けられてしまう。
「まさか氷殺、おまえもあの惨劇から生き残っていたとはな。だが魔族のコマに成りさがるとは……堕ちたな」
アーノルトは血の付いたクナイを地面に投げ捨て、フェンリーを見下す。
「ああ!? 魔族のコマだ!? 何言ってやがる、俺は誰の手下にもなっちゃいねぇよ!」
実際はマリンの力によって魔族のコマとなっているのだが、当の本人にその実感はない。彼女に操られていたときの記憶は一切残ってはいなかった。
「自覚がないか。ますます不憫な男だ」
フェンリーはアーノルトを睨み付ける。
「へ、いつまでもお山の大将気取んなよ」
フェンリーは地面に両手を当てる。
「くらいやがれ!」
地中の水分をかき集め、氷の槍と変化させて地上へと突き出す。百を越える槍は容赦なくアーノルトを襲うが、並外れた身体能力でそれを掻い潜っていく。
「イルベルト、リラ、こちらは俺がやる。お前たちはパーシアスの援護に向かえ。やつ一人では荷が重すぎる」
避けながら二人に指示を出すが、アーノルトの裏切りを警戒する二人は動こうとしない。
「どうするイルベルト?」
「……」
二人はうかつに動こうとしない。だがアーノルトの言うとおり、パーシアスはワルターに徐々に押され始め、このままではやられてしまいそうだった。
「仕方あるまい……まずはパーシアスの援護だ」
イルベルトは渋々そう答え、パーシアスの元に向かう。
「へ、お前仲間に嫌われてんじゃねぇのか?」
フェンリーがアーノルトをおちょくる。
「俺に仲間など存在しない。必要もない。魔族がお前たちを利用しているように、俺たちもまた互いに利用しあっているに過ぎない。そもそもお前には関係の無いことだ」
フェンリーの氷槍をへし折りながら進んでくるアーノルト。
「よくしゃべるじゃねぇか。足元に注意がいってねぇぜ?」
フェンリーの言葉に足元を見るアーノルト。彼の足はフェンリーの血液の上に乗っかっていた。
「しまっ!」
血液に触れたアーノルトの左足が凍っていく。完全に地面とくっついてしまい、剥がすのは困難だ。
「まさかこんなにも簡単に捕まるとはな」
フェンリーはアーノルトに近づいていく。
「テメェは仲間の仇だ。ここで殺されても文句はねぇよな?」
手のひらに鋭い氷の剣を作り出すフェンリー。
「殺されることについて文句はない。だが、まだ死ぬ負けにはいかない」
そう言うとアーノルトは左足に深々とクナイを突き刺す。クナイは氷を突き破り、アーノルトの足に突き刺さる。
「な!」
驚くフェンリーにそのクナイを投げ捨て隙を作ると、鮮血によってヒビが入った氷から足を引き抜くアーノルト。左足には甚大なダメージが残ってしまったが、なんとか窮地を脱する。
「俺は少々お前を侮ったいたようだ。お前も組織に身を置き、ここまで生き残ってきた実力者。ここからは全力でいく」
アーノルトの目には最早本来の目的であるレイアの姿は映っていなかった。そしてフェンリーによって既にレイアが逃がされていることにも気がついているようすはない。しかしすべての雑念を払い、フェンリーのみを視界に捉えたアーノルトは、かつてないほどに集中力を高めていた。
そしてフェンリーの意識を飛ばまでに掛かった時間は三十秒にも満たなかった。




