episode 325 「急襲」
最強と呼ばれたアーノルトの速度は伊達ではなかった。レイアの反応を置き去りにし、彼女をとらえるべく襲いかかるアーノルト。多少の犠牲はやむ無しと言わんばかりに手にはクナイを握っている。
「悪く思うな」
まったく反応できていないレイアに向かってクナイを振り下ろすアーノルト。だが彼の攻撃は突如目の前を横切った雷撃によって阻まれる。
「レイア! 早くこっちへ!」
ワルターの叫び声が森に響き渡る。
「え? あ、え?」
まったく状況が読めていないレイアが混乱を顔に表している。
「クソ! なんでアーノルトがこんなところに居やがるんだ! イルベルトだけじゃねぇのかよ!」
フェンリーは絶望的な状況に相応しい顔で目の前の敵に攻撃を仕掛けていく。地面を這うように氷がアーノルトたちに向かって突き進んでいく。
「ふん、我々も居る」
イルベルトの能力によって転送されたパーシアスとリラが空中から空間を切り裂いて現れる。パーシアスは剣を構え、地面に突き刺し氷を粉砕していく。リラはその砕いた氷を加護で操り、氷のつぶてとしてフェンリーの元へ返していく。
「うお! パーシアスにリラだと? くそっ何人居やがるんだ!」
自らの氷を防ぎながら嘆くフェンリー。
彼らの戦いのようすを影から見つめるセシルとリース。リースは((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブルと体を震わせている。
「絶対にここから動かないでください。あの人たち、強すぎる……」
アーノルトの深淵を覗き混んでいるかのような瞳に恐怖するリース。足が震え、進むことも引くことも出来ない。そんなリースの姿をいち早く発見するパーシアス。
「ん? その制服は軍人だな? 無様にも物陰に隠れおって……恥を知れ!」
レイアから目的を変更し、リースへと襲いかかるパーシアス。しかしリースへの攻撃ををワルターが黙って見ているはずがない。剣に宿った加護の力を使い、人の限界を越えた動きでパーシアスの攻撃を止める。
「ふん、邪魔をするか! ワルター・フェンサー」
帝国軍の大佐にして、アーノルトによって組織に迎え入れられたワルターの事も当然知っているパーシアス。
「……俺を知っているのかい? 済まない、君は誰だい?」
「貴様ぁ!」
ワルターの態度に怒り心頭し、我を忘れてただひたすらに攻撃を続けるパーシアス。
「リース! 今のうちにセシルを連れてなるべく遠くへ!」
パーシアスの猛攻を防ぎながらリースに叫びかけるワルター。
「でも兄さん! 私も軍人として……」
「わかっている筈だ! 敵う相手じゃない!」
リースの言葉を遮るワルター。
「行くんだ! 早く!」
「何をごちゃごちゃと!」
パーシアスに押され始めるワルター。これが最後通告と言わんばかりに妹を怒鳴り付ける。それをわかっているリースも、ぐっと唇を噛み締めてセシルの腕を引く。
「セシルさん! こっちへ!」
「え、ええ」
どうすればいいのかわからず、ただこの状況に恐怖しているセシルを戦場から離すリース。
「行かせるとでも?」
背中を向けて逃走する二人に対して攻撃を仕掛けようとするリラ。そのリラをアーノルトが手で静止する。
「なんで止めるの?」
不満そうに顔を歪めるリラ。
「やつらはただの人間だ。加護もなければ魔族のコマでもない。ここで相手にする時間は惜しい」
アーノルトは逃げる二人のことをまったく気にしていない様子だ。普段の彼ならば任務の目撃者は容赦なく葬っていたというのに。
「アーノルト、あなたまさか裏切るつもりは無いわよね?」
自分の方もまったく見ないアーノルトに問いかけるリラ。
「……任務を遂行する。今はそれだけに集中しろ」
アーノルトはそれだけ答え、レイアを庇うフェンリーへと突進していく。
「イルベルト、パーシアスの馬鹿は役に立たない。いざとなったら私たちでアーノルトを始末するわよ。これは彼を連れてきたあなたの責任でもあるのだから」
リラは隣で複雑な表情を浮かべているイルベルトに告げる。
「ああ、わかっている」
イルベルトはそう答え、アーノルトの動向を観察する。




