episode 319 「神と魔族」
「マリンお姉ちゃん! 来てくれたんだね!?」
はち切れそうな笑顔を見せるヨハン。マリンはそんなヨハンの肩に座りながら囁く。
「いいか? 相手は母を封印した相手だ。お前が敵う相手じゃない。だから私が来た。お前の身勝手な振る舞いで来させられた。いくら愚弟だからといってこれ以上魔族の血を減らすわけにはいかないからだ」
その声はとても冷たく、とても弟に対してのものではなかった。
「お前はそこで私の椅子になっていろ。余計な口も手も出すな。そうすれば全てうまくいく」
ヨハンを唾をのみ、マリンの言うとおりにする。
マリンによって体を覆う浮遊の力を解除され、急降下するモルガナ。このまま地面に激突すれば、いくら神とて無事では済まない。
「もう! 当たり前のように魔術を無効化してこないでよ!」
モルガナは再び自分の体に浮遊術を掛けようとするが、掛からない。マリンがこちらを見ている。明らかにマリンが邪魔をしている。
「それなら!」
モルガナは地面に向かって杖を振る。すると固い土の地面は、わたあめのようにふわふわに変化する。モルガナの小さな体はわたあめの中に埋もれ、無事着地する。
「ほう、神と言うよりは手品師だな。子供に人気がありそうだ」
マリンは驚く様子もなく、モルガナの動向を観察している。
「仕返し!」
モルガナは再び杖を振る。するとわたあめは槍のように鋭く硬化し、マリンに向かって飛んでいく。
「無駄だとわかっていないのか?」
マリンは何もせず座っている。だがその下のヨハンは違う。
「危ないお姉ちゃん!」
マリンの言いつけを守らずヨハンが行動に出る。自分達の目の前にバリアを張り、モルガナの攻撃を防ごうとする。しかしヨハンのバリアはモルガナのわたあめに貫かれ、そのままヨハンの体に突き刺さる。
「痛い!」
「言葉のわからない愚か者にはちょうどいい罰だな」
肝心のマリンにはわたあめの槍は刺さっていない。彼女の目前で威力を失い、彼女の力によって元の土へと戻ってしまう。
「それが怠惰の力ってわけね」
ぱらばらと落ちてくる土を見ながらモルガナがマリンを睨み付ける。
「そう。私に向かってくるものは全て力を失う。速度も、威力も、どんな素晴らしい魔法であっても」
マリンは午後のティータイムのように足を組み、神であるモルガナを見下ろす。
「それがたとえ神であってもだ」
マリンの言葉に下唇を噛み締めるモルガナ。
「本当ッ反則!」
モルガナが杖を振るとその先端から激流が放たれる。それはヨハンにダメージを与えられても、マリンにはダメージを与えられない。彼女は眼前で減速したそれで手を洗っている始末だ。
その攻防は同じく地上にいるゼロたちからもよく確認できた。魔族に対して攻撃を続けるモルガナの姿も。
「まさか、あの子が神様なの?」
興味津々にシオンがモルガナの横顔を見つめる。
「にわかには信じられない……だがあの力、明らかに単なる加護とは違う」
ローズも目の前で起きていることから目を離せない。
モルガナの外見は十にも満たない。だがその少女が、山のように大きな魔族と世界最強の魔法使いを相手にしている。神とでも言われなければ信じられない。
「民の避難は完了した。だが魔族はまだあそこにいる。そしてそれと戦い続けている少女もいる。俺たちのために」
ガイアが一人言のように呟く。ゼロはガイアから視線を反らす。
「言いたいことは分かるが、俺はローズの屋敷に行く」
ゼロはきっぱりと答える。
「わかっている。レイアたちはお前に任せる」
「お前に任されるまでもない」
ゼロはガイアたちと別れ、一人ヴァルキリア邸へ向かう。




