episode 317 「十闘神モルガナ」
山のような巨体のヨハンを遥か上空から見下ろす小さな少女。帝国の人からは目視すらできない。それでも人々は天を仰ぎ、涙を流した。
「おお……来てくださった! 神が、我々をお救いくださるぞ!」
人々は互いに抱き合い、神の登場に沸いた。
「神? 君が?」
ヨハンはモルガナと名乗った少女を見上げながら怪訝な顔をする。
「何? 文句でもあるの?」
モルガナはそれよりも更に怪訝な顔で答える。
「神ってさ、もっと……なんていうかオーラがあるんじゃない? 僕、前にアスラを見かけたことがあるんだけど、おしっこチビっちゃった。だいたい君みたいな子供が……」
これ以上聞きたくないといった様子で、モルガナはヨハンに雷撃を浴びせる。
「子供じゃないもん! 十闘神だもん!」
黒こげになるヨハンに叫ぶモルガナ。
「いたいなぁ! もう!」
それでもヨハンは直ぐに回復し、モルガナに向かって拳を突き上げる。
「えい!」
しかしモルガナは自分の目の前に空間を作り出し、そこにヨハンの腕を誘導する。そしてヨハンの顔面直ぐ近くにもうひとつ空間を作り出し、そこからヨハンの腕を登場させ、自らの顔面を殴らせる。
「いたっ!」
一撃で建物を粉砕できそうな威力の拳が、山のようなヨハンの巨体を揺らせる。
モルガナの攻撃の衝撃は、ヨハンの中のゼロたちに直接伝わる。
「明らかに攻撃を受けている。だが、この化物にダメージを与えられる者など存在するのか? 正直今の帝国軍の力では不可能だと思うが……」
ガイアが呟く。
「姉上ではないですか!?」
リザベルトが叫ぶ。それを聞いてローズの顔も明るくなるが、シオンはいまいちピンとこない。
「でもリズちゃん、中将はひどいダメージを受けてたよ? いくらあの人が強くってもそう簡単に傷は感知しないと思う……」
申し訳なさそうにしゃべるシオン。その間にもヨハンの体はまた大きく揺れる。
「うぁ! もうおしまいなのだ!」
「落ち着くっす!」
壁に必死にしがみつくヴィクトル。泣き言をいう彼をシェイクがなだめている。
「とにかくこのままでは戦いに巻き込まれる。脱出するんだ。シオン、お前の力が頼りだ」
ゼロの言葉にシオンが頷く。シオンは壁に手を当て、ゆっくりと息を吐く。すると壁の半径一メートル程の範囲が凍りつく。
「第壱の形」
拳を引くシオン。
『氷牙!』
勢いよく突きだした拳によって、壁の一部が崩れ落ちる。
「やったのだ!」
ヴィクトルはようやく笑顔を見せるが、壁は直ぐに修復され、元の形に戻ってしまった。
「やってないのだ……」
ヴィクトルは再びうなだれる。
「まだまだ諦めない!」
シオンは再び壁を凍らせる。
『双氷葬!』
またしても勢いよく壁が崩れ去る。そしてまた修復が始まる。
「氷……っう」
続けて攻撃しようとするが、手の痛みに耐えきれず倒れるシオン。そのシオンの肩に手をのせるガイア。
「よくやった、あとは任せろ」
ガイアは加護の力を失ったダインスレイヴを構える。
『五月雨』
力の抑制を解かれたガイアの激しい斬激が、シオンの砕いた壁に更なるダメージを与える。
「ゼロ!」
「ああ」
ガイアが身を引き、ゼロが止めの弾丸を放つ。すると壁は見事貫通し、久しぶりにゼロたちに日の光が差し込んだ。
「飛び出せ!」
修復を始める壁を掻い潜りながら、外へと飛び出すゼロたち。だがそこは地面ではなく、地上千メートル程の空中だった。
「わっわっわっ! どうするの!? 私の力じゃこんなの無理だよ!」
手足をばたつかせ、空を飛ぼうとするシオンだが、当然そんなことに効果はない。
「俺に任せるっす!」
シェイクは大きく手を広げ、加護を発動する。風がゼロたちを包み込み、ゆっくりと降下していく。
「何してるすか! 早く!」
気まずそうにしているガイアに手を伸ばし、シェイクは皆を安全に地面へと運ぶ。
「あの子達、やるじゃない!」
上空からヨハンを攻撃しているモルガナがゼロたちを見て元気よく叫ぶ。
「さあ! 私もやることやらなきゃね!」
モルガナは弱り始めているヨハンに対して追撃の手を緩めない。
「このクソガキが!!」
「あれ? あなたのほうがガキに見えるけど?」
神と魔族の戦いは終わりを迎えようとしていた。




