episode 316 「大魔獣ヨハン」
帝都に警鐘が鳴り響く。そしてその音よりも先に民の目にはあの山のような怪物が映る。
「矢を放てぇぇ!!」
兵士たちがヨハンに攻撃を仕掛けるが、矢はヨハンに届きすらしない。かといって直接攻撃しようなどと考えるものは誰一人おらず、まさに打つ手無しと言った状況だった。
こんな時、イシュタル元帥が居てくれたら……どの兵士もそう考える。だが、それは無駄な思考である。
「ヴァルキリア中将たちは何処へ行ったんだ! 帝都に戻ってきたんじゃないのか!?」
指揮官らしき兵士が叫ぶ。まさかあの中にいるとは想像すらしていない。
「とにかく人民の避難が最優先だ! 急げ!」
ヨハンへの攻撃を諦め、兵士たちは混乱する広場の収束へと向かう。
「あれ? 何だか人が少ないなあ? つまんない」
兵士たちの活躍のお陰でヨハンの進む先にいた人々は大方避難を完了していた。ヨハンはどしりとその場に座り込み、大きく深呼吸を始めた。その衝撃はファウスト内のゼロたちにも伝わる。
「な、なんなのだこの風は!! シェイクとは比べ物にならぬ!!」
「うるさいっすよ!!」
とてつもない激しさの風がファウストに吹き荒れる。
「何かを始める気だ」
ゼロの額に汗がにじむ。
「早く逃げて!!」
ヴァルキリア邸ではリースが使用人たちを避難誘導していた。
(あちらはゼロさんたちが向かわれた方向……)
窓の外に見えるヨハンを見つめるレイア。
「レイア! 気持ちはわかりますが、今は逃げますわよ!」
セシルに手を引っ張られ、レイアも屋敷を出て避難する。
(ゼロさん……どうかご無事で)
ヨハンが大きく息を吸い込むと、帝都の建物が揺れ、屋根が剥がれてヨハンに吸い込まれていく。
「うむうむ、やっぱりコンクリートよりは木のほうが美味しいなぁ」
ヨハンの食べた瓦礫や木材がファウスト内のゼロたちに降り注ぐ。
「来るぞ!」
「ひぃー!」
ヴィクトルはローズの後ろに隠れる。無数の瓦礫が容赦なく襲いかかってくる。ガイアは彼らの先頭に立ち、瓦礫を剣で砕いていく。ゼロはガイアが細かく砕いた瓦礫を撃ち落とす。ローズとリザベルトはヴィクトルとシェイクの盾となり、二人を守る。
瓦礫は次から次へとやって来る。
(おそらくこれは帝都の一部……外はどうなっているんだ)
ガイアは、いつ人が飲み込まれてくるか不安でならなかった。兵士たちの活躍もあって幸いそうはならなかったが、何か別の白いモヤモヤとしたものが吸い込まれてくる。そのモヤに触れたとたん、ガイアは奇妙な感情に晒される。
(何が、溢れる)
気がつくとガイアは別の人間になっていた。そしてその人間の生まれてからの全てを追体験した。そして確信した、これは人の魂なのだと。
外では避難していた人々が次々に倒れていった。原因はわからず、民も兵士も恐怖のどん底に叩き落とされた。
「ぷはーやっぱり魂は格別だね! 人の子が乳を吸うのってこんな感覚なのかな?」
満足そうに腹をさするヨハン。
「もう、おしまいだ」
人々は絶望し、天を見上げる。そして神、十闘神に祈りを捧げる。
「我々を、お救いください」
皆手を組み、この土地の神に助けを求める。しかしその姿は神ではなく、ヨハンという名の悪魔に見つかってしまう。
「あ! あそこにいっぱいいる!」
地響きを起こしながら人々に近づいていくヨハン。人々は逃げも嘆きもせず、必死に神に祈り続ける。
「いただきまーす!」
大きく口を開けるヨハン。尋常ならざる吸引力によって人々を吸い込もうとする。
「大丈夫、きっと神が助けてくださる」
帝都の人々は祈り続ける。そしてその祈りは確かに届いた。
晴天にも関わらず、突如稲妻がヨハンを貫く。
「ぎゃゃゃゃぁぁぁぁぁ!」
悲鳴をあげながら派手に転ぶヨハン。そして追い討ちをかけるように、豪炎がヨハンを取り囲む。
「あきゃぁ!!」
ヨハンは暴れながら空に現れた小さな人影を見上げる。
「だ、誰!?」
人影はヨハンを睨み付けながら言い放つ。
「この国の人々に手を出すのは、モルガナちゃんが許さない!」




