episode 311 「謎の青年」
ジャンヌは目を覚ますと、自らの体を包み込む謎の温もりを感じとる。そしてそしが自分が何者かに抱き抱えられているためだとわかり、すぐさまその手を逃れる。
「おや、目を覚ましたのか」
ジャンヌを抱えていた青年は別段慌てもせず、ジャンヌに話しかける。それにひきかえジャンヌは状況が理解できず、柄にもなく焦った表情で青年の様子を伺う。
(この男、明らかに人間じゃないわね。シオンはどこかしら? あの赤ちゃんは? そもそもここはファウストじゃない……)
青年はジャンヌの首もとめがけて手を伸ばしてくる。考えが整理できないジャンヌだが、この手に捕まってはいけないことだけは充分に理解できる。
「どこへいく? お前は俺の所有物だぞ?」
ジャンヌは青年から逃れるべく、ヨハンによってつけられた傷を庇いながら走っていく。
(加護は……戻っていないわね。本当に食べられちゃったのかしら)
ジャンヌの加護は一切発動しない。恐らく今でもヨハンの中なのだろう。それはヨハンが生きているということを示しているのか、それとも死んでいても加護は戻らないのか、それについて今知る術はない。
(恐らくこの男は魔族。そして私は拐われたようね。まったく、私が拐われる側にまわるなんてね)
小さくため息混じりに笑うジャンヌ。
(ゼロ君の仮説が正しければ、ヨハンかこの男のどちらかがワープホールを開いたということになる。ここがファウストではないなら、恐らく前者ね。それが助けを求めてか、勝利の報告かはわからないけれど)
ヨハンとシオンの姿が見えないことに不安を感じながらも、今は自分が逃げることで精一杯のジャンヌ。
(せめて剣が有ればね……)
ジャンヌは握ったままの折れた剣を、追ってくる青年に向かって投げつける。
「ん、
俺にくれるのか?」
男は投げつけられた剣を簡単に受け止る。そして左の手のひらにある紋章を剣に押し付ける。すると剣は消滅し、左手の紋章へと吸い込まれていった。
「もう、なにそれ」
満足げな表情の男に向かって叫ぶジャンヌ。
シオンはファウストの奥へ奥へと進んでいった。だが、進めど進めど景色は変わらない。地獄が有ればこんな感じなのか? などと考えながら進むシオン。
「んー誰もいない」
ヨハンによって食い尽くされてしまったのか、犯罪者たちの姿も見られない。宛もなくさ迷い続けるシオン。
(大丈夫、きっと大丈夫)
そう自分に言い聞かせながら進むシオン。するといきなりうなじに冷気を感じる。
「ひぃ!」
氷を押し当てられたような感覚に悲鳴をあげるシオン。振り返るが、そこには何もない。
「まさか、いやまさか。いや、でも……」
お化けの三文字が頭をよぎるシオン。幽霊の存在など信じてはいないが、これほど出そうな場所もそうそう無い。
「いやだぁ!」
シオンは夢中でもと来た道を引き返す。
ローズたちはファウストの入り口まで来ていた。
「引き返してもいいんだぞ」
ファウストについて詳しく聞き、身を震わせるヴィクトルとシェイクに告げるローズ。
「も、問題ないのだ!」
擦りきれそうな声で返すヴィクトル。
「安心しろ、お前たちの身は俺が必ず守る」
ガイアが二人に声をかけるが、二人は無視をする。それでもガイアは二人の前にたち、身を呈して守ると誓う。
「無理はしないでください。あなたの剣も中では機能しません」
リザベルトがガイアを心配するが、ガイアは問題ないと返す。
「中尉、心配は無用だ。むしろダインスレイヴに生気を吸いとられない分、いつもよりも体が軽くなっているのを感じている」
それは強がりなどではなく、ガイアの体は本来の力を発揮できそうだ。
「よし、行くぞ。気を抜くな」
ゼロは完全に手入れを済ませた武器を体に忍ばせ、ファウストへの一歩を踏み出した。




