episode 308 「ヨハン」
心を失った犯罪者たちの体はジャンヌたちへ向かって動き出した。
「ひぃ! 来ましたよ!」
シオンはあわてふためく。手に氷を纏わせ、じたばたと動かしている。
「落ち着きなさい、確かにあいつらは加護を受けている凶悪な犯罪者たちよ。でもこの空間なら力を使えるあなたの方が有利よ。落ち着いて一体ずつ対処していきましょう」
ジャンヌはシオンの震えまくる肩に手をのせながら励ます。
「そ、そうですね!」
シオンは簡単にジャンヌの言葉によって元気を取り戻し、拳を構える。
「くらえ、氷牙の一撃を! 氷牙拳法漆の形!」
『氷刄乱舞!』
シオンの開いた指の先から鋭い氷の刃が現れる。と同時に彼女の半径五メートルほどの地面も凍りだす。
「へえ、すごいねお姉ちゃん。ここでこんな力が使えるんだ」
ヨハンは素直に驚き、両手をパチパチと叩きだす。
シオンは自らの草履も凍らせ、さながらスケートのように地面を滑り出す。そして自分達を取り囲む犯罪者たちを、手に生やした氷の刃で切り裂いていく。
特に悲鳴をあげることもなく、次々に倒されていく犯罪者たち。
「やるじゃない」
シオンを心配し後ろを確認しながら戦っていたジャンヌだったが、シオンの実力を確かめると前を向き自らの敵をなぎ倒していく。
「本当にすごいね。彼らも人間にしては強い方だと思ったんだけど」
大方の敵を倒し終わり、ヨハンを眼前にとらえる二人。ヨハンは慌てる様子もなく、二人を称賛している。
「一応聞いておくけれど、おとなしく捕まるつもりはあるかしら?」
「ううん、ないよ」
ヨハンの返事を受けるや否や、ジャンヌはその剣先をヨハンに突き立てる。
「赤ん坊を殺すのは気が引けるけれど……殺すわよ?」
ジャンヌは大きく開いたヨハンの口に剣を差し込む。目を手で覆うシオン。しかしヨハンの悲鳴も肉を突き刺す嫌な音も聞こえてこない。その代わりバリボリと聞き覚えの無い音がシオンの耳に届く。
「な……」
ジャンヌは目の前の光景に驚愕していた。
「んー。安物だねコレ。鉄の他にも色々混じってる……」
ヨハンは口に差し込まれたジャンヌの剣を、まるで野菜スティック感覚で頬張っていた。ジャンヌは咥えられた剣を捨て、急いで後ろへと下がる。
「なんなのよ、アイツ……」
明らかにジャンヌの顔には焦りが見えていた。それは剣を貪る行為そのものに対してではない。
手を抜いていたわけでもない、なめてかかっていたわけでもない。きっちりと始末するつもりで攻撃をしかけた。それなのにヨハンはピンピンとしている。
(メイザースとは比べ物になら無い……)
ヨハンを倒せるビジョンがまったく見えてこなかった。
(久しぶりにやばそうね)
なんとか対抗しようと頭を巡らせるジャンヌの横をシオンが駆けていく。
「下がっていてください中将!」
「え、えちょっと!」
止めようとするジャンヌのことは一切気にせず、ヨハンを殴りにかかるシオン。
「くらえ!」
氷を纏った拳は見事にヨハンの顔面に炸裂した。しかし手応えはまったく無い。
ヨハンは食っていた。攻撃の衝撃を。
「んー! アイスクリーム頭痛っうう!」
ヨハンはシオンの拳を口に咥えたまま頭を押さえる。
「は、離して!」
シオンは拳を振りほどこうとするが、ヨハンはガッチリと咥えたまま離さない。
「きゃあああ!」
シオンの拳は氷ごとバリバリと噛み砕かれる。透き通った氷に赤い色が加わっていく。
「止めなさい!」
ジャンヌが駆け寄り、ヨハンに向かって折れた剣で攻撃をしかける。小さなヨハンの体は簡単になぎ倒されるが、それでもシオンの拳は離さない。
「いい加減にしなさい!」
シオンは噛まれた拳から鋭い氷を生やす。
「あ、痛!」
それはヨハンの口を切り裂き、ようやくシオンの腕から口を離す。シオンの拳はズタズタに噛み砕かれ、とても握ることのできる状態ではない。
「少佐、大丈夫!?」
シオンを後ろにさがらせながら叫ぶジャンヌ。
「うう、痛いです」
シオンは右手をかばいながら左の拳を構える。
当然のようにヨハンの口は完治していた。
「あの子、加護使えてますよ?」
シオンはうんざりとした目でヨハンを睨んだ。




