episode 307 「ファウスト」
光に包まれた空間に一人の女性が佇んでいた。その女性はとても神々しく、一目でただの人間ではないことを示している。現にその者は人間ではなく、世間一般で言われるところの神だった。
「第六子、メイザースが死んだか。私たちでさえ手を焼く存在を葬り去るとは……」
赤いショートヘアーをなびかせながら呟く女性。彼女はジャンヌを見つめていた。
「私の子孫というのはあながち嘘でもないらしい。だが、今お前たちが踏み込もうとしているその土地、そこへ進むのは得策とはいえない。その魔巣はお前たちの手に余る」
そう言い残して女性は姿を消した。
ファウストへと続く洞窟はひんやりとしていてとても薄暗い。手にしたランタンがなければ進むことも出来ないだろう。ファウストの影響か、ジャンヌは体に宿った神の力が弱まっていくのを感じる。それにひきかえシオンの体には一切の変化が見られない。
「あなた、それって体質なのかしら?」
ジャンヌの質問にシオンは手を凍らせながら答える。
「んー考えたこと無いです。この力は私の一部ですから」
「そ、頼りにしてるわ」
二人は薄暗い道を進んでいく。所々に人の骨らしきものが落ちているが、そんなものに構っている余裕はない。
「思っていたよりも怖いものですね」
シオンが震えながら呟く。
「そうかしら? このくらいなら助かるのだけれど」
見えてきた。地獄への門が。
ファウストへの入り口を発見した二人。この世との境はたった一つの門だけだった。しかもその門はとても粗末なもので、鍵すらかかっていない。そもそも誰も近づかず、誰も出てはこられないのだからそれでいいのかもしれないが。
「門番さんとかいないんですね」
「そりゃそうよ。誰がこんなところで働きたい?」
ジャンヌの言葉通り、ここの空気は明らかに外とは違っていた。魔族が居るかもしれない、魔族を見たことがないシオンにそう思わせるのには充分過ぎるほどに。
門を開き、足を踏み入れる。その瞬間、ジャンヌの体から完全に加護が消えていく。
「いよいよね」
ジャンヌは冷や汗を流す。二人はついに呪われた土地へと踏み込んで行った。
洞窟よりもさらに薄暗い道を進んでいく二人。ランタンの消え入りそうな小さな光を頼りに、一メートル先が見えない状況の中進んでいく。
「誰もいないですね」
シオンが辺りをキョロキョロと見渡しながら呟く。ここは加護持ちの犯罪者たちの収容所として使われている。だとするならばその者たちがどこかに居るはずだ。もし死んでいるとするならば、その死体が転がっていなければおかしい。
「そうね。ここはそう広くないと聞いていたけれど……」
シオンの疑問に賛同しながら歩くジャンヌ。気を張り巡らせて歩いていたにも関わらず、目の前にいきなり現れた人物に対応できずぶつかってしまう。
「なっ!」
剣を構え、一歩下がるジャンヌ。シオンもジャンヌと背中合わせになり、拳を構える。
(まったく気配がしなかった……ここは感覚まで麻痺させるのかしら、まるでガイアの五月闇みたいね)
目がだんだんと暗闇に慣れてくる。気がつくと二人は周りを十数人に囲まれていた。
「ど、どどうしますか!」
シオンが泣きべそ混じりの声で叫ぶ。
「落ち着きなさい、隙を見せたら終わりよ」
「そんなこと言われたら落ち着けませんよ!」
ジャンヌは冷静に取り囲む者たちを観察する。
(みんなどこかで見たような顔ね)
もちろんそれは名の知れた犯罪者たちの顔という意味もある。だが言葉の本質は違った。
(皆生気が抜けている、気がよめないわけだわ)
その者たちは駐屯所で見た兵士たちと同じ顔をしていた。生きては居るようだが目は虚ろになり、口は半開きの状態でただ立っている。
「少佐、大丈夫よ……ちょっと大丈夫ったら!」
シオンはジャンヌの背中から離れようとしない。それどころか振り向き、ジャンヌの背かに捕まっている。
「少佐?」
シオンの体はガタガタと震えている。不審に思い、シオンがいた方を振り向くジャンヌ。
「あ、お前が兄ちゃんを殺した女か!」
そこには赤ん坊が立っていた。見た目は2歳位だろうか、それでもその二本の足で大地を踏みしめていた。
「あなた、魔族?」
率直な疑問が口から飛び出すジャンヌ。
「うん、そうだよ」
予想通りの答えが返ってくる。
「逃げましょう、中将」
シオンがジャンヌの裾をつかんでくる。
「待って、まだ……」
「逃げましょう!!」
シオンが叫ぶ。だが、もう遅かった。
「僕と遊んでくれるんだね? よろしく! 僕はヨハン!」
ヨハンと名乗った赤ん坊が合図をすると、ジャンヌたちを取り囲んでいた人々が一斉に襲いかかってくる。
「さあ! 遊ぼう!」
ヨハンは満面の笑みを浮かべてそう言った。




